日本史に眠るトンデモ「性豪」伝説 ご先祖様はこんなに楽しんでいた

道鏡から伊藤博文まで
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だが、後日そのお相手が「馬車の中は狭くて、痛かった」と暴露したことで事が発覚。明治天皇から「女遊びは、少し慎んだらどうか」とたしなめられたとされる。

さらに初代大蔵大臣、内閣総理大臣などを歴任した松方正義には、妾が19人いたとも29人いたともいわれ、明治天皇に「子供はいったい何人いるのか」と聞かれたときも、すべてを把握していなかったとされている。

 

性のエネルギーに溢れた人々が動かしてきた日本の歴史。その起源をたどると、はるか古代から日本人の意識の根底に脈々と受け継がれてきた、命を生み出す性への信仰が感じられると識者たちは指摘する。

『歴史読本』元編集長で文芸評論家の高橋千劔破氏は、そもそも日本の誕生神話にもセックスが欠かせない要素として含まれていたと解説する。

「国産みの神話で、イザナギとイザナミがセックスをして日本列島を作ったことは広く知られていますが、神話にはその交わり方も書かれているのです。交接の仕方を教えたのは鳥のセキレイとされていますが、セキレイのつがいは腰を後ろから突くように動く。つまり日本で最初のセックスは、バックで行われたと言っていいでしょう」

そのほか、夜這い文化の起源も神話の中にあるという。因幡の白うさぎを助けた大国主命、いわゆる大黒天は、白うさぎと出会ったとき、実は八上比売という女性のところへ夜這いをかけに行く途中だった。

神話の時代からセックスに親しんでいた日本人。だが、明治の文明開化以降、「セックスは秘するもの」という考えが浸透、豪放磊落な性豪たちは表舞台から姿を消していった。だが現代にも性のエネルギーをばねに生きる人々の系譜は脈々と受け継がれている。

再び「性豪」の時代が来る

日本の性豪には「老いてなお盛ん」というイメージもあるが、これを地でいく現代の艶福家をご紹介しよう。

最初の一人は、1918(大正7)年生まれの性風俗研究家・安田義章翁。彼は、90歳で亡くなるまであらゆるエロスを追求し、性を題材にした絵画や写真、関連資料を蒐集しつづけた。明治・大正・昭和期の作品を集めたそれらは、「安田コレクション」と呼ばれるが、膨大過ぎる蒐集品の全貌は、いまだ明らかになっていない。

さらに安田翁は老境に至って、AV撮影の現場を見学し、監督に誘われるままに男優として飛び込み参加。エロスのために全人生を捧げた男性らしく、立派にその役をつとめあげたのだ。

年の差婚が一般的になったことで、高齢で子供を作る著名人も増えている。'97年、77歳で亡くなった俳優の三船敏郎は62歳のときに、内縁関係だった女優の喜多川美佳との間に娘が誕生した。これが、タレントの三船美佳である。

歌舞伎界には、もっと上を行く男がいる。'11年に81歳でこの世を去った5代目中村富十郎だ。'96年、66歳のときに33歳下の元女優と結婚すると、69歳で長男、74歳で長女に恵まれた。富十郎も、過去の偉人たちと同じように健康には気を配っていたという。

自由で快活なセックスは、日本古来の「文化」なのだ。前出の楠戸氏が語る。

「日本の性意識は戦国時代が非常にオープンで、ここ100年くらいが異常に厳格だったと言えます。女性の社会進出が当然の世の中になり、『家』に閉じ込められていた女性が解放されたことで、男女ともに性に奔放だった時代に戻りつつあるのかもしれません」

「生」と「性」を、もっともっと楽しんでみよう。

「週刊現代」2016年4月23日号より