坂口恭平の熊本脱出記(1)あの日、東京で感じた「予兆」〜そして家族の待つ熊本へ

「新政府」総理大臣が緊急特別寄稿!
坂口 恭平 プロフィール

これが本震だとすると、これ以上の地震はこない。僕はそう思って、とりあえず家の中にいることを提案、そして、僕の母、さらには子連れの友人も我が家に呼んだらいいと伝えた。とにかく多くの人がいれば、危機下でパニックになりがちなフーを少しでも和らげられるかもしれないと思ったからだ。

ベランダに出ると、何人か外に出てきているという。アオは怖がってテーブルの下から離れられなくなっているようだ。ゲンの笑い声だけが救いだった。

我が家は築30年の7階建て鉄筋コンクリート造の4階。柱と梁も太くしっかりとはしている。しかし、エレベーターホールと玄関のあいだにヒビが入っていた。玄関が歪むといけないので、半開きにしておくようにと伝える。

僕は東京にいたため、パニックに陥ることはなく、ある程度、落ち着いて伝達することができたと思う。そのまま朝まで起きて、電話を続けた。

家族、親戚はみんな無事だとわかり、少し安心した僕は、始発に乗り、羽田空港へ。熊本行きは満席だったので、博多行きのスカイマークの航空券を購入、どうなるかわからないがまずは福岡へ行くことにした。

2016年4月15日

ここまでの過程を僕はすべてツイッターで公開していたので、福岡に住む友人がすぐに迎えにきてくれた。熊本まで送ってくれるという。

新幹線は予想どおり全線運休。九州自動車道もどこまでいけるかわからない。しかし、意外にも高速道路は渋滞しておらず、まずは熊本の南関まで行くことができた。そこからは通行止め。渋滞にもなっていた。下道を通って自宅まで向かうことに。

電話をすると、フーは落ち着いている。家の中には8人いるようで、本当に助かった。

福岡から熊本に向かう車中にて。「ここは天国じゃないよね?」

南関から荒尾を抜けて玉名に入っていくと、なんとものどかな風景が広がっている。果たして本当にここが震災の場所かと思うほどだ。ガソリンスタンドのおやじさんに聞くと、揺れはしたがこのへんは大したことなかったそうだ。

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