坂口恭平の熊本脱出記(1)あの日、東京で感じた「予兆」〜そして家族の待つ熊本へ

「新政府」総理大臣が緊急特別寄稿!
坂口 恭平 プロフィール

どうすればいいのかわからない

「地震! 地震!」

さっき僕が感じた地震のことを言っているのだろうか。僕はわけがわからなくなっていた。

それでもどうにか落ち着かせようと、まずは電話を切らずにそのままでしておくように伝えた。

「地震がおこった。すごい、すごい」

「またきたー」

「あー、あー」

最初の地震が起きてから、僕のiPhoneとつないだヘッドフォンにはフーの叫び声が頻繁に聞こえてくる。何もすることができない。東京のレストランはいつもの楽しい雰囲気。そのギャップに僕は目まいを覚えた。友人たちも心配そうにこちらを見ている。

「とりあえず、落ち着こう」

外からは警報機の音が鳴り響いている。下の階に引っ越してきたばかりのフーの姉一家義姉アヤコ、姪メイ(15歳)、ユメ(13歳)が我が家に入ってきた声がした。熊本でとんでもなく大きな地震が起きたようだ。

しかし、それでも僕はフーが大げさに感じているだけで、実際はそこまで大きくないのではないかと半信半疑だった。

そこでフーとの電話をつなげたまま、ツイッターのアプリを開き「熊本 地震」と検索した。益城が震度7と書いてある。益城は熊本空港があるところであり、父方の実家があった場所でもある。一瞬、目を疑った。

フーがテレビ電話で映してくれた自宅の様子。「ガチでした。。」

電話だけは切るなと言いながら、フーに親族の安否確認をするように命じた。携帯電話は切れないので、フーは自宅電話で、まず中央区新町に住む僕の母に電話をかけようとしたが、電話がつながらない。フーは僕の母の携帯にメールをした。姉アヤコは、フーの母に電話。安否を伝えたあと、シンガポールで建設会社に勤務中の夫に電話をし、僕たちはスピーカーフォンで三箇所通話を行った。

「30年前の建物だが、マンション自体はしっかりとしているので大丈夫だと思う」

僕がそう言うと、アヤコの夫は、「いや、30年前のマンションを解体してるけど、よくこんなんが建ってたなと思うもんばかり。まず建物の外に出たほうがいい」と言う。しかし、僕は女性だけで何が倒れてくるのかわからない外に出るのは危険だと感じた。

余震はまだ続いている。そのたびにフーが叫んだ。どうすればいいのかわからない。

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