# 貧困・格差

「ゆとり世代」学力低下はウソだった~大人たちの根拠なき差別に「ノー」を!

「ゆとりって言うな!」
後藤 和智 プロフィール

「若者の劣化」に甘える大人たち

ここまで本稿では、「ゆとり教育」を論じる際に必ず使われる「学力低下」論の誤りを、最新の国際調査のデータを用いて論じてきました。

「学力低下」論への批判は、決して私が初めてではなく、既に「学力低下」論が流行し始めた時期、すなわち2000年頃から教育学者などによって積み重ねられてきました(例えば、加藤幸次、高浦勝義『学力低下論批判―子どもが“生きる”学力とは何か』黎明書房、2001年)。

しかし、これらの「学力低下」論の誤りは、若い世代を論じるときには無視されがちです。いまの若い世代は、既に「ゆとり世代」として一定の地位を「得てしまっている」のです。

なぜでしょうか。

これは、1990年代終わり頃に、実態とはかけ離れた形で煽られ、また寺脇研などの推進派もやはり自らの正当性を主張するため一部歪めてきた「ゆとり教育」という概念が、論争の中で、既存の大人世代と若者世代を決定的に分かつものとして定着し、若者論のガジェットとして普及してきたことが挙げられるでしょう。

大人たちにとって、いまの若者がいかに自らの世代と「違う」のかを主張するために、「競争を否定する」「詰め込みを行わない」とされる「ゆとり教育」は、非常に都合のいいものだったのです。

しかし、若い世代と上の世代の「違い」を強調するために行われてきたのは、「ゆとり教育」そのものの理念を歪めることのみならず、いまの若者や子供に差別的な視線を向けて、それを「若者を理解するため」として正当化することでした。

冒頭でも示したとおり、2004年には既に当時の新入社員を「ゆとり教育バカ」と表現する記事が出ていたり、あるいはいまの若者が「ゆとり世代」であることを理不尽な行為の正当化に使っていたりすることが平然とまかり通るのは、やはり問題ではないでしょうか。

このように、「若者の劣化」に甘える行為に対しては、断乎としてノーと言わなければなりません。