清原和博を縛った「男は強くなければならない」という呪い

だから、日本の男は「生きづらい」
田中 俊之 プロフィール

夢を持たせることの罪

清原はプロ野球選手として偉大な記録を残し、幼いころの「大きな夢」をかなえた。しかし、そうした人物であっても、「男として成功する」という「渇き」を完全に癒すことはできず、あげくの果てに覚せい剤に手を染めてしまった。

こうした「反面教師」がいるにもかかわらず、現在も、世間が男の子に「大きな夢」を求める状況は、清原和博の少年時代とまったく変わっていない。多くの男の子が将来はプロスポーツ選手になりたいと口にする。株式会社クラレが実施している「新小学1年生の『将来就きたい職業』」では、男の子の部門で、調査が開始された1999年から18年連続でプロスポーツ選手が第1位である。

しかし、その「大きな夢」は多くの場合、叶わない。親をはじめとした周囲の大人たちも、叶うとは思っていない。男の子たちに「大きな夢」を語らせるのは、「男」として競争意識を持たせるためだ。「大きな夢」は、あくまで「煽り」の手段である。

だから、実際にスポーツ選手になってからどうするのか、そして、現役を終えた後の生活をいかに送るのかについての真剣な議論には、ほとんどの人が関心を持っていない。

こうした無関心は、「大きな夢」を叶えたはずの男たちの人生に暗い影を落としている。2014年に日本野球機構が現役の若手選手に実施したセカンドキャリアに関する調査(平均年齢:23.9歳、回収数:244)では、約70%の選手が引退後に「不安がある」と回答し、その中身としては、「収入」(45.6%)と「進路」(42.7%)が上位を占めた。

プロ野球の世界にたどりつけるアマチュア選手がほとんどいない以上、各球団にはプロ野球選手になるというゴールの先に何があるのかをしっかりと教育する義務があるし、現役を終えた後の生活についてもある程度までは責任を持たなければならない。

プロ野球選手のような「大きな夢」を抱きながらもそれを叶えられなかった大多数の男たちは、「平凡」な人生を送る悲しみと苦しみを味わい、プロ野球選手になって「大きな夢」を叶えたごく少数の男たちは、選手生活の先にも人生があるという「現実」をいきなり突きつけられる。しかも、清原のように競争の結果として圧倒的な勝者になった場合でさえ、「幸せ」が訪れない可能性がある。

私たちが冷静に考えてみる必要があるのは、特に理由を考えることもなく、男だからというだけで少年たちに「大きな夢」を語らせ、競争にさらすことに意味はあるのかということだ。就職活動をする段階になって突きつけられるのは、子どもの頃には「ちっぽけな夢」として否定された公務員や一部上場企業の正社員でさえ狭き門という「現実」である。

仮に、就職活動は上手く乗り切ったとしても、社内の出世レースではほとんどの男性が敗れ去っていく。

さらに、少年時代に「大きな夢」を語らせられた経験は、ハリウッド映画や海外ドラマでしばしば耳にする「ミッドライフ・クライシス(中年の危機)」へと繋がるものである。