「闇カジノ」店長が明かした!
桃田&田児「ギャンブル中毒者」の姿

二人はこうして堕ちていった
週刊現代 プロフィール

当初、桃田は一回数万円の比較的小さな勝負を繰り返していたが、国際大会で優秀な成績を収め、その賞金を手にしたからか、次第に賭ける金額が大きくなっていったとA氏は言う。

店で本名を名乗っていた

やがて店の従業員やディーラー、一部の常連客が2人の名前を知るようになっていった。

「ディーラーの中にスポーツに詳しい者がいたんです。2人はこのディーラーとも親しくなり、店内でも本名で呼び合っていました。

田児は'14年12月のドバイ遠征前に、『遠征で1週間くらい来ないけど心配しないでね』などと私たちに言っていた。素性を隠すというより、自分が有名選手であることを誇示している節もありましたね。店のイベントのビンゴ大会のときには、後輩を十何人も連れて来ていました」(A氏)

桃田に誘われて、闇カジノに行ったことのある知人(20代)はこう語る。

「去年の2月くらいのことです。飲み屋を何軒もハシゴした後、『最後にひと勝負して帰りたい』と彼が言い出したのです。そのときは手持ちのおカネが5万円しかなく、それがなくなるまで勝負をして帰りました。

桃田は韓国に遠征したとき、ソウルのホテルにある『セブンラックカジノ』でバカラを初めてやったと言っていました。自分から行ったわけではなく、誘われたから断れずに行った、と」

一方で桃田は、精神的な重圧と闘っていたようだ。カジノに出入りしていた当時、彼がよく訪れていた飲食店の従業員はこう振り返る。

「彼はメディアの前では『スター』のように振る舞いますが、メンタル面は弱い人間なんです。試合に負けると落ち込んで、『オレ、弱いから』ってお酒を飲んで泣いていましたね。『弱いけど、バドミントンは俺の夢だ』、『夢を仕事にできるのは幸せなことだよね』って自分に言い聞かせるように話していました。

そんなプレッシャーを一瞬でも忘れようと、闇カジノにハマったのかもしれません」