この国に子どもを育てる気はあるか? 一刻も早く高度経済成長の「幻想」を捨てよ!

下り坂の「下り方」を白熱対論
平田オリザ, 藤田孝典

平田 工業立国の時代なら、教師の言うことを聞いていい学校に入って、安定した企業に入って上司の言うことを聞いていれば給料が上がって、クルマも家も買えた。でも、よく考えるとそうしたモデルって、実は1960年から90年くらいまでのたった30年ほどしか機能していないんですよ。

それに、今の時代は産業構造の転換も早いから、若いころ身につけた技術で一生食べていくのも難しい。昔は旋盤工でずっと食べられたけど、今は違う。だから必要なのは「転職できる能力」なんですが、そこが見落とされている。

ずっとネジを作ってきた人に「仕事がなくなったから介護をやってください」と言っても、大変なことですよ。

藤田 日本の場合は、職業訓練のメニューも限られていますからね。

平田 たとえばデンマークは失業保険の期間が2年と長くて、職業訓練でボランティア体験をさせたり、演劇のワークショップを受けさせたりと、コミュニケーション能力を高めるところから始めるんです。

藤田 ヨーロッパだと、失業するということは、それほど大した話とは受け止められないですよね。なぜかといえば、職業訓練のメニューが豊富に用意されているから。失業したとしても、日本に比べると別の仕事に就くことが比較的容易だからです。ところが日本の場合は、「失業した」「もう首をくくるしかない」となってしまう。ヨーロッパの人から見たら、仕事がないくらいで、なぜ死ななきゃいけないのか理解できないでしょう。

平田 安倍政権の雇用政策は本当に矛盾していると思うんです。企業が世界で競争するためには、どうしても賃金を抑えなければならない。すると必然的に非正規雇用は増える。これはもう、産業構造がグローバル化しているんだから仕方ないとしましょう。でも、そうであるなら、非正規雇用の人が失職しても次の仕事を見つけやすいように就労支援を充実させればいいのに、それをやらないで、「一億総活躍社会」などと言い出しているから、おかしいことになる。

藤田 非正規が増えるということは、雇用を解体してしまうということですよね。そうするなら、代わりに社会保障を充実させることが不可欠です。雇用保険の期間を延ばすとか、職業訓練の内容を充実させるべきなのに、そこにはまったく手が付けられていない。

まずは「現実」を直視しよう

平田 もう、成長社会じゃないということを前提にして、どうやって社会の制度を変えるか考えなきゃいけない時期に来ています。

司馬遼太郎さんが『坂の上の雲』(文春文庫)でお書きになった明治時代の日本は、坂を上っていく時期だった。けれど今の日本は、転ばないように気をつけながら、上り切った坂をゆっくりと下っていく時代です。

藤田さんは前作の『下流老人』で高齢者の現実を書き、今回の著書では若者を取り巻く苛酷な現状を描いた。受け入れがたいかもしれないけれど、今の日本に必要なのは、そういう「現実」をまず直視することでしょう。

藤田 なんだか今回の対談は、全体的に暗い内容になってしまいましたね(苦笑)。ただ、世界を見ると、これまでの新自由主義的な経済成長を重視する政策に対する、カウンター勢力が台頭してきています。

アメリカの大統領候補者争いで注目を集めた民主党のバーニー・サンダースとか、イギリス労働党党首のジェレミー・コービンは、格差の是正や社会保障の充実を訴え、多くの若者から支持されている。日本もいずれ、ああいう政治家が現れるのではないかと期待しています。

平田 日本の政治家も変わってほしいですよね。私は、今のこの国の社会を表わす言葉は「競争と排除」だと思いますが、これからは「寛容と包摂」の精神を大切にしてほしい。

藤田 経済が成長すれば、みんな幸せになるという時代はもう終わった。これからの日本は価値観を多様化して、それぞれが自分なりに幸せな居場所を見つけられるような社会を作っていきたいですね。

(構成/平井康章)
読書人の雑誌「本」2016年5月号より