佐藤優が斬る!
欧米のビジネスエリートと「イスラム国」の共通点

社会人のための「役に立つ教養」講座
佐藤 優 プロフィール

「原罪」が意味するもの

もうひとつ一神教、特にキリスト教・ユダヤ教の考え方を知るうえで重要なのは、「罪」の概念があるということです。

日本の神道では、罪や穢れは浄めることができます。しかし、キリスト教やユダヤ教では、一度犯した罪を消すことはできません。しかも、人間は生まれたときにすでに罪を負っていると考える。「原罪」です。キリスト教には、理屈や論理を超えて、万人に等しく罪を負わせるという側面があるといえます。

こうした理不尽は、神道にはありません。禊や祓をすれば、再びきれいになれると考える。だから日本人は、新年を迎えるたびに、新しく生まれ変わったような気分になるのです。昔の日本では、年を越すと借金がチャラになったので、借金取りは大晦日に必死で取り立てに回りました。

新年のお祝いはもちろん世界中にありますが、「新年を迎えると、全てが新しくなる」という観念はありません。まして罪や借金が消えることもありません。

ただし、同じ一神教でも、イスラム教とキリスト教の考える罪には大きな違いがあります。先に述べた「原罪」の概念があるキリスト教では「自分は絶対に正しい」と考える一方で、「そうは言っても、やっぱり間違っているかもしれない」という葛藤がどこかにあります。本当に自分が神に選ばれているかどうか、知ることができませんから。

ところが、「原罪」の意識がないイスラム教では、「自分は絶対に正しい。だからお前は絶対に間違っている」という理屈になる。同じ「絶対的に正しいものがある」という思想を持つ宗教でも、「自分が間違っている可能性もある」ということが原理的に埋め込まれているか否かが、キリスト教とイスラム教の最大の違いと言えるでしょう。

「週刊現代」2016年4月16日号より