サッカー人生を左右する、代理人とのすれ違い

松原良香Vol.10
スポーツコミュニケーションズ, 田崎健太

FCギュータースローは、ノルトライン・ヴェストファーレン州のギュータースローに本拠地を置くクラブだった。1978年設立、チームカラーは明るい緑色。96年から前年の99年シーズンまではブンデスリーガ2部に所属していた。

ギュータースロー行きは、到着から波乱含みだった。

「空港まで行けば、Mの手配した別の代理人が迎えに来ていると聞かされていたんです。それで朝イチの便で行きました。朝の7時ごろ着いたはずです。そうしたら誰もいない」

同じ欧州でも言語が違う。Mはドイツに詳しい別の代理人を噛ませたのだ。松原はその代理人の連絡先を聞かされていなかった。

Mに電話をしたが、早朝ということもあるだろう、繋がらない。数時間後、ようやく折り返し電話があった。ドイツの代理人が到着する時間を夜だと勘違いしていたのだという。迎えの車がやってきたのは午後になっていた。

日々、低下していく提示条件

このドイツの代理人はスペイン語を話すことができた。ようやく迎えが来たこと、そして自分の慣れたスペイン語が通じることでほっとした松原は「本当は自分はクロアチアのリエカでプレーするつもりだったのに、こんなことになってしまった」と思わず愚痴をこぼした。

すると――。

その言葉をドイツ人の代理人はMに伝えた。

「怒られましたよ。そんなに文句を言うんだったら自分でやれよって。今の時期、自分でやれと言われても困るじゃないですか」

お前がちゃんとやらないからじゃないか、ふざけるなという思いを飲み込んで、松原は電話で「すまなかった」と謝った。

FCギュータースローは3部ではあったが、設備の整ったクラブだった。

松原は最初から力を見せつけた。

「紅白戦で5点ぐらい取ったんですよ。そうしたらもの凄く気に入ってもらえて、すぐに契約したいと言われた。次の日からクラブのGM(ゼネラル・マネージャー)がぼくをホテルから練習グラウンドまで車で送り迎えしてくれるようになった」

このGMもスペイン語を話すことができた。

「お前みたいな選手が欲しかったと褒めてくれるんです。それでぼくは当然、このクラブに入るつもりになっていました」