山尾志桜里「異例のスピード出世」の華麗なる過去

「アニー」主演、モテモテの東大時代
週刊現代 プロフィール

『アニー』で舞台に立っていたということも、ちょっとした芸能人オーラになって、男子学生たちを魅了したようだ。

「当時、彼女がつきあっていたのは、同じラクロス部の学生でした。開成高校出身で、とても優秀な男でしたが、『菅野さんは可愛いだけでなく、天才的に頭がいいんだ』と惚れ込んでいました。でも結局、ラクロス部内で彼女に手を出した別の先輩がいて、別れてしまった。それ以外にも恋の噂は絶えませんでした」(前出のラクロス部OB)

学生時代の華やかなキャンパスライフについて本人に問うてみると……。

「私に言わせれば、(「駒場三大巨乳」なんて)まったく事実無根です(笑)。それに、そんな派手な大学時代じゃなかったですね。ただラクロス部でもクラスでもいい仲間にめぐまれたし、卒業生も永田町やメディア関係者が多く、今でも仲良くさせてもらっていますよ」

東大卒業後は検事になることを目指すが、司法試験に6回失敗し、ようやく'02年に合格。'04年から検察官に任官、東京、千葉、名古屋などの検察庁に勤務するも、'07年に退官している。

'09年、民主党幹部だった小沢一郎氏に口説かれ、衆議院選に出馬。元々民主党の強かった愛知県で、見事初当選を果たした。「有権者の目線に立ってくれるし、演説もうまい」と地元での評判は上々だ。

 

ちなみに山尾氏の夫は元ライブドアの幹部で、現在はIT企業を経営している。現在5歳になる子供を育てながら、政治活動を続けてきた。

民主党に大きな逆風が吹いた'12年の総選挙では惜しくも落選したが、その後、'14年には現職に返り咲いた。小沢ガールズと呼ばれた落下傘候補たちが次々と消えて行ったなかで、山尾氏が生き残れた理由はどこにあったのだろうか?

「自分の信念を曲げずにあきらめなかったことでしょうか。例えば、友人たちが大学を卒業して次々社会人になっていくなかで、司法試験に7度もチャレンジした経験も生きています。選挙に負けたときも、夜中に落選が決まってから4時間後には駅前にスタッフと立っていましたから」

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