ヨーロッパの華やかな小国・ベルギーがなぜ「テロの温床」になったのか

自治と共存の伝統はいったいどこに…
松尾 秀哉
シャルル・ミシェル首相 〔PHOTO〕gettyimages

共存と自治の伝統の放棄

都市行政の問題だけではない。国政においても、2014年10月以降、ベルギーでは、ユーロ危機による財政難に対応しようとして、緊縮財政政策を進める右派連立政権が成立した。シャルル・ミシェル首相(ワロン系自由党)は労組の抵抗と闘いながら、緊縮政策を進めて来た。

折しもギリシア危機の後である。これ以上の財政破綻はヨーロッパ全体を危機に陥れる。これは仕方の無い方策だったかもしれない。しかし、足下の貧困対策は後回しになった。むしろ財政の立て直しの名目で、貧困対策は削減された。

さらに、昨年のパリ同時テロ事件以降、モレンベーク地区が「テロの温床」と呼ばれるようになり、ミシェル政権は徹底したテロ一掃対策を実行した。

次々と容疑者が検挙され、ブリュッセルのテロ直前の3月15日には、ミシェルはフランス語系首相としてはベルギー史上最高の支持率(しかもフランデレン有権者からの支持を得た)を記録し、さらに18日にはパリ同時テロの実行犯、サラ・アブデスラム容疑者を逮捕したところだった。ベルギーのテロの4日前である。おそらく意気揚々としていたところだったに違いない。

しかし本来ベルギーは自治と共存を守り抜いて存続してきた国であることを忘れてはならない。特にこのミシェル政権の対応は、一元的に治安強化を押し進めることになり、多民族が共存してきた伝統を捨て、都市の自治を破壊する施策となってしまったようにも映る。

だとすれば、テロリストないしテロリストに加担する可能性がある若者たちを、余計に失意の中に追いつめ、いっそう居場所を奪っていくことにならなかっただろうか。その前に貧困対策等、すべきことはなかったか。

もちろんこれは結果論にすぎない。国際的な非難のなかで、当局が強硬な政策を採らないわけにもいかなかっただろう。しかし、経済のうえでも治安のうえでもモレンベークの若者を追いつめ、その報復としてテロが生じたとするのであれば、彼らに対する社会的ケアによって自治と共存というベルギーの誇りを取り戻し、報復の連鎖を断ち切る英断が必要ではないだろうか。

松尾秀哉(まつお・ひでや)
北海学園大学法学部教授。1965年愛知県生まれ。一橋大学社会学部卒業。東邦ガス(株)、(株)東海メディカルプロダクツを経て、2007年東京大学総合文化研究科国際社会科学専攻博士課程修了。博士(学術)。聖学院大学政治経済学部等を経て、現職。主著に『ベルギー分裂危機―その政治的起源』(明石書店)、『物語 ベルギーの歴史 - ヨーロッパの十字路』(中央公論新社)、『連邦国家 ベルギー――繰り返される分裂危機』(吉田書店)など。