ヨーロッパの華やかな小国・ベルギーがなぜ「テロの温床」になったのか

自治と共存の伝統はいったいどこに…
松尾 秀哉
モレンベーク地区の路地 〔PHOTO〕gettyimages

ブリュッセルの「失意」の放置

1992年から2012年まで20年に渡ってモレンベーク地区を治めた区長は、フランス語系社会党のフィリップ・モローである。今回のテロを受けて、実は現モレンベーク区長(フランス語系自由党)が真っ先にやり玉に挙げたのは、このモローの治世であった。

モローは「北アフリカ系移民のチャンピオン」と揶揄されている。すなわちモローは、先のような「分散したテロリスト」を放置し、自由にさせた代わりに、彼らの支持を得てきたと言われている。しかしモロー自身は「私が区長だった時には、こんな事件は起きなかった」と反駁する。あたかも互いに責任転嫁しているように映る。

モレンベーク地区に住む若い人たちが、貧困の中で、いわばアイデンティティ・クライシスに陥っていたことに注目しなければならないだろう。フランスのル・モンド紙は、以下のようなモレンベークの若者のインタビューを掲載している。

「もし多くの若者がシリアに向かうのなら、それは結局のところ、誰もが彼らに無関心だからなのです。唯一狂信者[過激派グループと思われる 松尾注]が『君たちは、存在しているんだよ』と認めてくれるからなのです。私はフランス語もアラビア語もオランダ語も話します。でも仕事を探そうとすると、私はモレンベーク以外に暮らしている友人の住所を借りなくてはなりません」

モローにせよ、現区長にせよ、こうしたモレンベークの若者たちの失意を事前に刈り取ることはできなかったか。ブリュッセルを分割して治めることは仕方ないにせよ、政争に追われて、足下の失意や悲しみを政治は見逃してきたのではないか。

その無策が、若者とテロリストグループを接触させ、彼らをテロリストへ導くことになったのである。失意の若者たちはテロにかかわらざるをえなかった――というのは言い過ぎだろうか。