震災特番「視聴率全滅」が意味するもの
~日本人は冷たいのか? それとも、見られない理由があるのか?

週刊現代 プロフィール

「取材で知り合った、ボランティアで度々福島を訪れている東京在住の30代の男性から、先日こんなことを言われたんです。『怒らないで欲しいんだけど、震災の番組は見ていないんですよ』と」

理由を聞いてみると、

「自分のできることなんてたかが知れている。震災の特番を見ると、自分の活動は自己満足なんじゃないかとか、被災者の感情にはどうしたって寄り添えないのでは、と無力感に襲われるんです」

と答えたと言う。

「福島で会うとそんな様子は見せないのですが、テレビを見ることで客観的になると、精神に負担がかかるそうです。現地の人間の悩みとはまた違ったものだったので、驚きました」(前出の記者)

答えが出ないことの疲労感

ボランティアや募金など形のある支援でなくても、誰もが心のどこかで、被災地を思っている。でも、テレビを通じてあの災害を見つめなおすことは辛い。そう考える人は多い。

でもそれは、心が冷たいのとは少し違うのではないか、と、震災をきっかけに東京へと移住した60代の被災者女性は言う。

「『目を逸らす』という態度と、『端から無関心』は違います。無力感だったり、変わらない原発政策への絶望だったり、家族を喪った人を見るのが辛いという気持ちだったり、そういうものから目を逸らして生きるのは、むしろ生きる術なのではないでしょうか」

3.11の報道は、悲しい過去を振り返るものが多くなる。本当は知らない現実が報じられているのかもしれないが、伝え方が紋切り型なために、視聴者は番組を敬遠する気持ちが強くなるのかもしれない。

元日本テレビ記者として貧困問題などのドキュメンタリーを手がけた、水島宏明法政大学教授はこう語る。

「特に民放で顕著ですが、震災特番が、『24時間テレビ』化している。3月になったから震災を扱わないといけない、という義務感で番組を作っているように感じられます。

それ自体は必ずしも悪いことではないでしょう。しかし番組作りがマンネリ化し、安易なお涙頂戴や、3.11前後だけ被災地に足を運ぶコメンテーターが復興の遅れを批判するという、同じような番組ばかりになっている」

震災から5年が経ち、3.11当時に隠されていた事実が明らかになったり、新たに大きな困難が発生したりすることは、幸か不幸か少なくなっている。3.11の「わかりやすい、新しいニュース」が世を賑わすことは多くはない。そこで、テレビ局はこれまでの蓄積をもとに、番組を作ろうとする。だがそれでは、どうしても既視感が強いものになってしまう。