一般教養としての「企業分析」
〜いい会社/悪い会社はこう見分けよ!

東大「最強ゼミ」が明かす
〔PHOTO〕wikipedia

幸せに働ける「いい会社」「悪い会社」をどのように見つければよいのか?

実在する「Tゼミ」(瀧本哲史京都大学客員准教授が顧問)をモデルにした、東大本郷キャンパスに部室をおく「秘密結社」、東大ブラック企業探偵団。「Tゼミ」は、公開情報に基づく企業分析と政策分析を通じ、過酷な現代社会を生き抜くための意思決定方法を学び実践するゼミ

問題企業や業界を徹底分析し、その実態に迫ってきた日本最強の「Tゼミ」企業分析ノートのノベライズ隠れたブラック企業を摘発、眠れるホワイト企業を見つけ出す――。

プロローグ

昇ったばかりの朝陽が、繁華街のはずれに立つテナントビルを照らしはじめた。その4階へと続く外階段を上り、さきほどまで従業員が後片付けの仕事に追われていた居酒屋「ワイワイ」の非常口から入っていく女の影があった。

女の名前は羽入マオ。1週間前からここでバイトを始めた東大生だ。あたりに注意を払いながら店内に入ったマオは、レジの下にある、売上管理用の書類や勤怠表の束が入った引き出しを開けた。

書類の束を脇に寄せると、引き出しの底の奥に、指が入るくらいの穴が開いている。そこを引っ張ると底板は持ち上がり、下から1冊の分厚い日誌が現れた。表紙には「成長管理日誌」の文字。

(とうとう、見つけたわ……)

表紙をめくって、マオは背筋が凍る思いがした。

「私は無能です私は無能です私は無能です……」と、ページいっぱい小さな文字で埋め尽くされているのだ。

さらにページをめくると、衝撃的な文章が次々と目に飛びこんできた。「自分の力不足で月次の売上目標に達しなかったため、自腹を切って償いました。申し訳ありません」。「学生バイトさんがいっぺんに2人も休んでシフトに穴が開いたので、48時間連続で働き続け、今までの自分の殻を破れた気がしました」。

何よりも恐ろしいのはページを繰っても繰っても、一日たりとも日付が飛んでいないことだった。

「おい、何してるんだ」

非常口の扉が乱暴に閉められる音がして、痩せこけた男が入ってきた。マオが手にしている日誌を見て、血相を変える。

「マオちゃん、それは……」

「店長、これはあなたの『成長管理日誌』です」

「よ、読んだのか……いったい、どうして……」

店長は30歳にしてはシミだらけの手をぶるぶると震わせている。

「おかしいと思ってたんです。『ワイワイ』のあまりにもできすぎたホワイトな環境は」

居酒屋「ワイワイ」は、消費税の税率アップの際にあえて値下げをするなど激安路線をとっている新進気鋭のチェーン店だ。社員の離職率は極端に低く、学生アルバイトからは、時給の良さと、上下関係がゆるく和気藹々とした職場の雰囲気に絶大な人気があり、人手不足という外食産業に共通の逆風をものともせず急速に店舗数を増やしていた。

「……そうだ。学生バイトさんには楽しく働いてもらえ。徹底的にもてなしてキツい仕事はやらせるな。毎月行われる店長研修でエリアマネージャーから叩き込まれることだ」

「そしてその裏で、ツケはすべて店長に回される。なのに、どうしてあなたは辞めないの? 完全に会社に洗脳されてしまったの?」

「うちの社員は、オレみたいに痴漢で懲戒免職になった公務員や、使い込みが発覚して会社にいられなくなったような、ワケありなヤツばかりなんだよ。ワイワイ様だけが拾ってくれたんだ。誰も逃げ出すわけがないし、秘密が外に漏れることはない」

「上司に殴られても『叱っていただいてありがとうございます』だものね」

「ああ。ところで、マオちゃん、なんでオレがこうやってぺらぺら君に話すかわかるか?」

いつの間にか、店長の手の震えは止まっている。虚ろだった目にも生気が宿り、マオを射抜くように見つめている。

「え?」

「もう、君を、生きて帰すつもりがないからだよ」

と言うなり店長は、勤務中には見せたことがない薄気味悪い表情でマオに襲いかかり、床に組み伏せた。

「きゃあっ」

押し倒された際にマオのブラウスの第2ボタンがはじけ飛び、白い肌が露わになる。店長は馬乗りになってマオの細い首を締めつけながら、ぶつぶつとつぶやいた。

「絶対に……絶対に、外に漏らすわけにはいかないんだ」

「やめて……店長……目を覚まして!」

「オレにとっては、ここがすべてなんだよ!」

「その子から離れろ!」

突如背後から野太い声がし、店長が思わず振り返った瞬間、大柄な青年が飛びかかる。重心の低いタックルが炸裂して、店長はテーブル席まで吹っ飛んだ。その隙に青年はマオの手をとり、非常口へと駆け出した。

「待てえええええ!」

そのすぐ後ろを、鬼気迫る表情の店長が追ってくる。

「カンタ、あそこよ」

外階段を駆け下りながらマオが地上のある一点を指差すと、カンタと呼ばれた青年はうなずき、マオを抱きかかえて手すりを越えた。

「何をする気だ?」

驚いた店長が思わず立ちすくんでいるうちに、宍戸カンタは迷わず3階から飛び降りる。ゴミ袋の山がクッションとなり無事に着地した2人の前に、マオが呼んでおいたタクシーが待ち構えていた。

「東大本郷キャンパスへ!」

バックミラーには追ってくる店長の姿が一瞬映ったが、すぐに遠ざかっていった。

タクシーは繁華街を抜け、陽光に照らされて輝く本郷通りを走っていく。

「大丈夫か、マオ。怪我はないか」

「最悪よ!もう潜入調査なんて二度としない。アンタも助けに来るならさっさと来なさいよ。いや、どうせならハルキに助けに来て欲しかったわ」

マオは、ボタンがはじけ飛んだブラウスの前を気にしながら悪態をつく。

「助けてもらっておいてその言い草はないだろ!」

「ふん!」

まだ震えながら、マオは「成長管理日誌」の写真を撮ってLINEで針谷ハルキに送った。

「ワイワイ」がブラック企業である決定的証拠だ。もちろん、店長に暴行され、ショックを受けていることも書き添えて。優しい労いと心痛を気遣う言葉を期待したマオに、ハルキからの返信は速攻で来た。

「そうか、調査がうまくいってよかったな」

マオはそれを見るなりスマホをカンタに投げつけた。

「なによ、あの男!?」

「痛いてて。まあまあ、ハルキらしいじゃないか」

「もう、知らない!」

と言ってマオは今にも泣き出しそうな顔をしてそっぽを向いてしまった。車内に流れる気まずい雰囲気に耐えかねたカンタは、おろおろしながらもマオに話しかける。

「ほら、もうすぐ正門前につくぜ。帰ろうよ、オレたち―『東大ブラック企業探偵団』(UTBD)の部室に」

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