なぜイスラーム国の「過激思想」に吸い寄せられる人が後を絶たないのか

テロの連鎖を食い止めるために
末近 浩太 プロフィール

「壁の向こう側」のない世界

人びとがISの「過激思想」に傾倒しないようにするには、どうすればよいのか。すべての始まりが絶望による「ぐれ」であるとすれば、よく言われているように、貧困や差別・偏見を解消するための取り組みが不可欠であろう。

しかし、それは実現不可能であると悲観的にならざるを得ない。なぜならば、既に私たちは民主主義・資本主義・自由主義の三位一体に支えられた自由で平等な「完成された世界」に生きている(ことになっている)からである。にもかかわらず、貧困や差別・偏見は解消に進むどころか、むしろ拡大の一途を辿っている。

独裁の中東から民主主義の欧州に到着した人びとを待っていたのは、自由も平等も十分に保証されていないという厳しい現実であった。新天地が自由と平等を謳っているからこそ、彼らの絶望の色はいっそう濃いものとなる。

こうした状況下において、ISは、冷戦終結によって消滅した「壁の向こう側」を――イメージとしても実体としても――新たなかたちで生み出すことで、絶望した人びとを惹きつけようとしている。

それは、ISが文明の対極である野蛮の実践を呼びかけていることや(例えば、機関誌『ダービク』創刊号の論説)、マフィアやギャング同様の疑似家族への帰属意識を駆使したリクルートを行っていることに表れている。

そのため、ISの「過激主義」から訴求力を奪い、テロリズムを撲滅するためには、貧困や差別・偏見の解消への取り組みだけでなく、自由と平等を謳いながらもその実現に失敗し続けてきた今日の世界のあり方やそれを支えてきた思想のてこ入れや見直しも必要なのかもしれない。

だとすれば、それは、決してモレンベークに限らず、今日の世界全体にとっての大きな課題として重くのしかかっているのである。

末近浩太(すえちか・こうた)
立命館大学国際関係学部教授/SOASロンドン中東研究所研究員。中東地域研究、国際政治学、比較政治学。1973年愛知県生まれ。横浜市立大学文理学部卒業、英国ダラム大学中東・イスラーム研究センター修士課程修了、京都大学アジア・アフリカ地域研究研究科5年一貫制博士課程修了。博士(地域研究)。英国オックスフォード大学セントアントニーズ・カレッジ研究員、京都大学地域研究統合情報センター客員准教授を歴任。著作に『現代シリアの国家変容とイスラーム』(ナカニシヤ出版、2005年)、『現代シリア・レバノンの政治構造』(岩波書店、2009年、青山弘之との共著)、『イスラーム主義と中東政治:レバノン・ヒズブッラーの抵抗と革命』(名古屋大学出版会、2013年)、『比較政治学の考え方』(有斐閣、2016年、久保慶一・高橋百合子との共著)などがある。Twitter: @suechikakota、公式サイト: SUECHIKA'S OFFICE