トランプよ、俺の歌を使うな! ニール・ヤングもR.E.M.も大激怒……お騒がせ男の「炎上選曲」が止まらない

アメリカ大統領選を10倍楽しむ
川崎 大助 プロフィール

アメリカの音楽家は政治意識をもって行動する

今回の選挙戦でも、各候補がそれぞれの「キャンペーン・ソング」を選び、集会や演説会で流したり、宣伝動画で使ったりしている。

「歌詞と曲想によって」、あるいはときには、その曲の歌手のイメージまで「込み」で、選挙戦でのプラス効果を狙うことが普通だ。だからキャンペーン・ソングとはつまり、その候補の「テーマ・ソング」ともなり得る。

音楽家のほうでも、「自分の楽曲がキャンペーン・ソングに使われる」ということは、とても大きな意味を持つ。「だれの」キャンペーン・ソングとなるのか、ここが最も重要な点だ。

なぜならば、「だれでも適当に使ってくれていいですよ。使用料さえ払ってくれるなら」――といった姿勢の音楽家は、アメリカのとくにロックやポップ音楽の世界には、まずいないからだ。ひとりひとりに確固たる政治信条や立場があり、それを表明することに一切の躊躇がないのが普通だ。ここが、アメリカのポップ音楽家が、日本のそれとは大いに違う点のひとつでもある。

さらに言うと、アメリカのポップ音楽家は伝統的に左高右低、つまり左翼が、リベラル派のほうが多い。民主党と共和党で言うならば、前者の支持者のほうが多数派だ。

なぜならば、ロックやフォークなどのポップ音楽家の多くが「自らの政治意識」をしっかり認識し、その立場のもとで果敢に行動を始めた時期が1960年代だったからだ。いわゆる「カウンターカルチャー(対抗文化)」の時代だ。このとき文化の矢面に立った人々のなかに、当時のポップ音楽家たちがいた(カントリー音楽はこのテーゼに完全に当てはまるわけではないので、念のためご留意を)。

たとえば、ヴェトナム戦争への反対。たとえば、公民権運動。アメリカ社会の「メインストリーム(主流派)」が進める政治に、大いなる「NO」を叩きつけたのが、この時代のポップ文化だった。

そこから、70年代以降のロックのみならず、ソウル音楽が、ファンクが花開き、ヒップホップにまでつながっていく道筋が形作られていった。このとき初めて、60年代においてようやく、ポップ音楽は大人になったとも言える。「アメリカの」大人に。

それはつまり「必要なときにはいつでも立ち上がり、自らの意志を表明する」ということだ。自分の考えをきちんと言葉で説明すること。それに加えて、意見が違う他者とも言葉を交わし、討論して解決策を探っていくこと。これらの行為の実践を、幼いうちからアメリカ人は求められる。

そして長じては、市民権を持つ者の全員が等しくその権利を行使して政治にも関与していく。こんな意識や態度が、ごく日常的なものとして市民生活の一部となっている。

これが、日本では「独立戦争」と意訳された、しかしアメリカ人は「革命戦争(Revolutionary War)」もしくは「アメリカ革命(American Revolution)」と呼ぶ、そこをゼロ地点として発生した実験国家である、アメリカ合衆国の実像のひとつだ。ポピュラー音楽も、この「実験」の重要な一翼を担っている。「地上に完全なる民主主義を出現させる」という実験だ。