中島みゆき『時代』が今日も歌い継がれる理由
~縁の深い3人が、その答えを出した

75年。それは最も重要な年だった

田家 彼女が『時代』を発表した'75年というのは、音楽シーンの上ではとても重要な年なんです。この年には「キャロル」が解散して、吉田拓郎、井上陽水、小室等、泉谷しげるの4人が「フォーライフレコード」を設立した。「フォーライフレコード」は、それまで契約される立場だったミュージシャンが、みずから経営者になって契約する側に回ったという意味で、ひとつの革命でした。また、女性のシンガーソングライターが多数出てくるのも、ちょうどこのころからです。

八神 そうそう。私よりも少し前に尾崎亜美さんや渡辺真知子さんがデビューして。

田家 '60年代の終わりに藤圭子さんが登場して、'70年代になると五輪真弓さんと荒井(現・松任谷)由実さんが出てくる。その数年後にみゆきさんがデビューしたという流れですね。'70年代に入っていろいろなスタイルで歌う女性シンガーが出はじめて、'75年に一気に花開いた。そのなかに中島みゆきさんの『時代』があったわけです。

上柳 八神さんは最初に『時代』を聴いたとき、どんな印象を受けましたか?

八神 じつは私、『時代』をはじめて聴いたとき、すぐには好きになれなかったんです。

上柳 え! そうだったんですか?

八神 ええ。まず『時代』という仰々しいタイトルがなんだかとっつきにくいなと思った。それに、当時プロミュージシャンになるための登竜門だった「ポプコン」や、「世界歌謡祭」でグランプリを獲るために狙って書いた曲のように見えてしまって、どうにも好きになれませんでした。

上柳 それは意外なお話ですね。

八神 でも、あとになって、みゆきさんが『時代』を書いたのは、彼女の才能を見出した、川上源一さん(ヤマハ社長=当時)と、お父さまの存在が大きかったのではないかな、と気づきました。

みゆきさんのお父さまは彼女がデビューする直前に脳溢血で倒れられて、デビュー翌年に亡くなられています。そんな大変な状況のみゆきさんを見て、川上さんは自分がお父さまの代わりになって彼女を応援しよう、絶対に世に出してやろうと思ったのではないでしょうか。

そして、みゆきさんも川上さんの期待に応えたい気持ちがあった。そのためにも『時代』という大曲を作って、川上さんに感動してもらいたい、恩返しがしたいと願っていたのだと思います。