円から楕円へ……この一歩に潜む「曲線」の驚くべき秘密

『曲線の秘密』がすごい!
松下 泰雄 プロフィール

なぜ曲線の長さが計算できたのでしょう。時代背景として、遠洋に出る船の切実な事情がありました。太陽や星の観測から船の緯度は分かりますが、経度は出港してからの日数とか、航海士の勘に頼るほかありませんでした。よって時計(クロノメーター)の発明が強く待たれていたのです。

航海に限らず、時計の発明は社会的要請となっていました。あのガリレオ・ガリレイが発見した振り子の等時性が、時計に使えることは分かっていました。等時性とは、1点から垂れた振り子の振れ幅に関係なく、1回の振動の時間が等しいことをいいます。振り子は揺れが大きいと揺れの時間は長くなるので、等時性は揺れが小さいときしか成り立ちません。

時計作りに執念を燃やしたホイヘンスは、振れ幅に関係なく揺れの時間が一定となる真の等時性をもつ振り子時計を追求し、1点に固定せず、サイクロイド曲線にからませた振り子が真の等時性をもつことを発見しました。それは、糸巻きから垂れる糸そのものでした。

ホイヘンスの発見にヒントを得て、曲線を糸巻きとみなすと、曲線の長さはほどけた糸の長さと等しいことから、困難だった長さの計算は一挙に解決したのです。

一歩踏み出したことで開けた展望

さて話は変わり、中学で習ったピタゴラスの定理とは、直角三角形の直角を挟む2辺の長さの二乗の和と直角の対辺の長さの二乗が等しいという定理です。それを一般化して、ピエール・ド・フェルマーが、次のようなメモを残しました。

「三乗の数を2つの三乗の数の和、四乗の数を2つの四乗の数の和、……で表すことはできない」。これをフェルマーの最終定理といいます。

その真偽論争は350年以上も続きました。1995年にアンドリュー・ワイルズが、楕円曲線という曲線を調べて、フェルマーの最終定理は正しいと結論し、証明は完結したのです。

このような代数学の難問も曲線が深く関わっていました。また、古代の宇宙像は崇高なる円を基本として描かれていましたが、ヨハネス・ケプラーによって惑星は楕円軌道を描くとされたことも、曲線の話題として忘れてはならないでしょう。

まずは円を基本として、楕円に関わるトピックスを考えながらまとめてみた一書『曲線の秘密』(講談社ブルーバックス)が刊行できたことを大変嬉しく思います。

また本書は、高校で微積分を学び始めた人たちへ贈る読み物でもあります。円から楕円に一歩踏みだしただけで、物理、天文、そして数学でも、次元が上がったように、曇っていた視界が晴れ、また新しい展望が開かれてきました。

円は崇高なもの完璧なものとした古代からの観念を打ち破って楕円に一歩踏みだしたところ、すなわち「円から楕円へ」の歩幅の間に潜む神秘を覗いてみてはいかがでしょう。

読書人の雑誌「本」2016年4月号より

松下泰雄(まつした・やすお) 大阪市立大学数学研究所員
1949年東京生まれ。1974年横浜国立大学工学部卒業。その後、数学を京都大学池田峰夫教授に、理論物理学を横浜国立大学の高野義郎名誉教授に師事。京都大学工学部助教授、滋賀県立大学工学部教授を経て、現在は、滋賀県立大学名誉教授、大阪市立大学数学研究所専任所員。ブルーバックスには『波のしくみ』(共著)がある。