やっかいな「ダークツーリズム」 ~言葉のひとり歩きが“遺産の価値”を曖昧にする

フクシマ、チェルノブイリ、オキナワ…
岡本 亮輔 プロフィール

「負の遺産」という表現は思考停止

結局のところ、戦争遺跡からは「戦争は良くない」という至極当然の抽象的メッセージしか引き出せない。広島の原爆死没者慰霊碑に刻まれた「過ちは繰返しませぬから」という文の主語をめぐる論争があるが、それと同じようなことが起きている。

その結果、旧海軍司令部壕はたとえば心霊スポットとして語られる。ネットで検索すれば、那覇の夜景を見に夜間に訪れたら軍服を着た幽霊を見たとか、壕内で心霊写真が撮れたといったエピソードを読むことができる。こうした反応も、場所の意味を確定できないことに由来する。とりあえず、「なんか怖い場所」として体験するしかないのだ。

どのような場所がダークツーリズムの対象となるかを客観的に定義することはできない。あるのは、誰かにとってはダークツーリズムとして体験される場所だけだ。その場所に残された物と訪問者の主観が組み合わされて初めて立ち上がるのがダークツーリズムなのである。

日本では、「負の遺産」「負の記憶」といった独特の言葉が用いられる。うがった見方をすれば、ひとまず「負」という否定的で抽象的な評価を下すことで、それ以上の解釈を提示しないですむようにするための表現だ。だが、これは日本人以外には伝わりにくい表現だと言われている。

その点、ダークツーリズムは英語由来の概念だ。しかも、負の遺産よりも広い範囲をカバーできる。旅行代理店が新しいツアーを作る時にも使えそうな言葉だ。負の遺産よりも、はるかに商業化との相性が良い。そんなことも手伝って、最近、広く用いられているように思われる。

ダークツーリズムは、現代の旅の多様化に光をあてる重要な概念だ。しかし、言葉の響きに引きずられると、心霊スポットも戦跡も何もかも一緒くたにしてしまうような状況を招きかねない。

ダークツーリズムという言葉が流行することで、逆に、遺産とそれをとりまく社会文化のあり方を覆い隠す可能性があることを忘れてはならないだろう。
 

岡本亮輔(おかもと・りょうすけ)
北海道大学大学院観光創造専攻・准教授。専攻は宗教学と観光社会学。1979年東京生まれ。立命館大学文学部卒。筑波大学大学院人文社会科学研究科修了。博士(文学)。著書に『聖地と祈りの宗教社会学――巡礼ツーリズムが生み出す共同性』(春風社、2012)、『聖地巡礼――世界遺産からアニメの舞台まで』(中公新書、2015)。共編著に『聖地巡礼ツーリズム』(弘文堂、2012)、『宗教と社会のフロンティア』(勁草書房、2012)。共訳書に『宗教社会学―宗教と社会のダイナミックス』(明石書店、2008)。