やっかいな「ダークツーリズム」 ~言葉のひとり歩きが“遺産の価値”を曖昧にする

フクシマ、チェルノブイリ、オキナワ…
岡本 亮輔 プロフィール

悲劇は無意味な出来事なのか

この騒動を「文化遺産の政治利用」として理解するだけでは十分ではない。

自然遺産の場合、動植物の固有種の数や割合といった客観的な基準が設定可能だ。他方、原爆ドームや軍艦島に限らず、ほとんどの文化遺産は解釈に開かれている。場所や物にどのような「物語」を読み込むかで、その価値や評価は一変する。

ある人々にとって価値がある場所も、異なる歴史観を持つ人々にとっては無意味に感じられることがある。その場所がどのような意味と価値を帯びるのかは、訪れた人々の世界観・価値観・倫理観といった主観に大きく依存してしまう。

そして、敗戦国の日本では、戦争と関わる遺産のとらえ方はとりわけ難しい。戦勝国は、悲劇を勝利のための尊い犠牲として位置づけられる。最終的に勝ったため、ほとんどの出来事が意味ある出来事として解釈可能になる。

しかし、敗戦国の日本の場合はそうではない。

沖縄県那覇市の南西部に豊見城岳陵という小丘がある。一帯は「海軍壕公園」として整備されており、そこに「旧海軍司令部壕」という戦争遺産がある。第二次大戦の沖縄戦の際、劣勢に追い込まれた日本軍の司令部が置かれた場所だ。

旧海軍司令部壕内の通路

1944年、米軍の艦砲射撃に耐えるため、ツルハシとクワによる手掘りで、カマボコ型の壕が450メートルに渡って掘られた。戦後は放置されていたが、沖縄観光開発事業団(現在の沖縄観光コンベンションビューローの前身組織)によって修復され、1970年2月から観光地として運営されている。

薄暗いトンネルを歩いていくと、兵士たちが玉砕前に立ったまま眠ったという下士官兵員室、手榴弾による自決の後が生々しく残る幕僚室などがある。展示スペースに置かれた特攻隊の兵士と思われる小さな像をはじめ、あちこちに賽銭が置かれている。

幕僚室の手榴弾の痕
兵士の小像
あちこちに置かれた賽銭

司令官室では、壁に刻まれた「神州不滅」の文字と「大君の御はたのもとに死してこそ 人と生まれし甲斐ぞありけり」という歌がガラス板で保護されている。「沖縄県民斯く戦えり」を書いた大田実少将が拳銃自殺を遂げた部屋だ。

司令官室

戦後、壕からは数千名の遺骨が収集された。悲劇と大量死の場所だ。見ていて楽しくなるような要素は一切ない。

しかし、見学を終えて、海軍壕直営売店に行くと雰囲気は一変する。

売店のお土産

参観記念の文鎮、マグネット、Tシャツがあり、他には国際通りで売られているのと同じような土産物が大量に置かれている。シーサーの置物、「海人」と書かれたボクサーパンツ、ハローキティのコラボ商品などである。

こうした状況が不謹慎だと言いたいわけではない。敗戦国の日本では、旧海軍司令部壕をどのように解釈すれば良いのか分からないだけだ。戦時の多くの出来事は「過ち」として語られる。悲劇は無意味な出来事、起きなければ良かった出来事として宙づりにされてしまう。少なくとも、ある場所について、統一的な解釈を打ち立てるのは容易ではない。