やっかいな「ダークツーリズム」 ~言葉のひとり歩きが“遺産の価値”を曖昧にする

フクシマ、チェルノブイリ、オキナワ…
岡本 亮輔 プロフィール
フランスのペール・ラシェーズ墓地 〔PHOTO〕gettyimages

決して新しい観光形態ではない

たとえば、墓地は昔からあるダークツーリズムの対象と言えるかもしれない。日本には掃苔(そうたい)という言葉がある。文字通り、墓についたコケの掃除を意味する。私淑する人物や尊敬する人物の墓にお参りに行くことは、かつてから観光の一形態であった。

フランスのパリには、ペール・ラシェーズという広大な墓地がある。パリで屈指の観光地の一つだ。ショパン、モディリアーニ、ジム・モリソンなど、有名人の墓が無数にあり、墓地の入口では有名人の墓マップが販売されている。

趣味嗜好が多様化する現代では、明るくはないものが積極的に観光対象として選ばれている。廃墟や心霊スポットに行くのはその典型だ。

最近では、「産業遺産」も注目されている。炭鉱跡や工場跡などである。こうした施設は、本来は生産手段であって、文化的なものではない。また、現代と比べれば労働環境は良いとは言えず、落盤のような事故で多くの人が命を落とした場所だ。

しかし、こうした場所も現在では観光の対象になる。富岡製糸場や軍艦島のように、世界文化遺産に登録されたものもあり、多くの人が観光に訪れている。

軍艦島 〔PHOTO〕gettyimages

現代では、貴重な休日とお金と体力を使って、楽しいだけでも面白いだけでもない場所にあえて旅するようになっている。ダークツーリズムは、こうした観光の明るくない側面をクローズアップする面白い概念だ。

ただ、強調しておきたいのは、ダークツーリズムは、一般の観光対象以上に、特定の歴史観・価値観やナショナリズムなどを背景にして成立することである。ダークツーリズムの対象をリスト化したような書籍も刊行され、まるでダークツーリズムという新しい観光形態が最近生まれたかのような論調すらあるが、違和感を抱かざるをえない。

たとえば、大量死があった場所だとすると、関ヶ原の古戦場跡、京都の本能寺、岩手県の衣川などの観光もダークツーリズムと言うべきなのだろうか。山口県の壇ノ浦では1185年に源平の最終決戦が行われ、その約700年後には馬関戦争も起きたが、同地を訪れるのはダークツーリズムなのだろうか。

大量死や悲劇はダークツーリズムを構成する必要条件ではあるが十分条件ではない。死者の数や死に方、悲劇の有無だけでダークツーリズムを定義するのは無理がある。重要なのは、その場所でかつて起きた出来事が、訪問者にとってどのような意味を持ち、いかなる臨場感を伴って迫ってくるかではないだろうか。