作家・朝吹真理子が潜る”創作の海”
「イメージと言葉をつなぐ『チューブ』としての使命を全うしたい」

朝吹真理子×向田麻衣【第1回】

イメージをつかまえたと思って書き付けても、読み返すと、言葉が残骸のようにあるだけで、イメージ自体は逃げてしまっている場合があって、また言葉を探しに行く。その連続です。

書いては消す。毎日新しい一行が誕生して毎日死んでいるような感覚。そういう繰り返しで、すごく時間はかかるのだけど、ある時、自分にできることはもうないと思って手が離れる。それが書くことの終わり。

自分自身はイメージと言葉をつなぐチューブのようなもの。人生をかけて、チューブとしての使命を私なりに全うしたいです。

人間の暗部にある美しさに惹かれてしまう

向田: 書くことがイメージに合う言葉をつかまえる作業だとすると、そのイメージの最初の出所はどこなのかな?

朝吹: ぼーっとしているときに、窓から光が差し込むように、未来の方から照射されてくる感じがする。一種の狂気のようなものかなとも思います。その世界に浸かりきると狂人になると思う。

向田: 真理子さん自身は創作活動をする時、デモーニッシュになる?

朝吹: 人間は誰しもデモーニッシュな部分を持っていると思う。それに惹かれる。どちらかというと、危ない感情のほうが人間のコアな部分を構成している気がします。だからこそ、知性を育ててゆこうとする。私は、殺したい、犯したい、盗みたい、そういうネガティブな感情を一度も持ったことがない、そういう考えが全くわからない、と他人事のように言えてしまう人間のほうが怖いかな。人間のおぞましい側面を見つめて、そのうえで、人間の美しいところに戻りたい。

誤読や誤配によって成り立つ美しい世界

向田: 創作は深い海に潜り込んでいって、また現実の生活に戻ってくるというようなところがある気がするんだけど、そうやって行ったり来たりすることに対して、体力や心をすり減らすことはある?

朝吹: 一度潜水すると現実世界に戻ってくるのにすごく時間がかかる。一番深く潜っていた時期は、実家でずっと書いていて、夕食の時間に部屋を出たら、父と母の顔を顔として認識することができなかった(笑)。キュビズムのようにみえて、その時は相当すり減らしているなと思って・・・休みました。

片足は創作にあって、もう片足は現実にある。その均衡を保てるのが健やかだとは思う。今まではそれができなかったけれど、最近それがようやくでき始めていて、長編を書きながら、少しずつ、現実に生きながら、創作の海にも潜っている。

向田: それは本当にすばらしいね。長編を書き始めて、これまでの書き方との違いはある?