作家・朝吹真理子が潜る”創作の海”
「イメージと言葉をつなぐ『チューブ』としての使命を全うしたい」

朝吹真理子×向田麻衣【第1回】

朝吹: ふだん人間は、昨日今日明日と、時間が地続きにあるようにふるまっているけれど、実際の人間の感覚というのは、リニアな感覚よりも、瞬間だけが並列的に存在していて、それを抱え持っているような気がします。

美しい瞬間って、淡雪のように、降った瞬間からかたちがくずれてしまうようなものだと思う。自分の心のなかに入ってきた一瞬の淡雪を生涯大事に抱え持ったり、自分の生きることの寄る辺にしたり、そういう支えになるような体験。美しさって、哀しみや痛みにも近いのだけれど、そういう瞬間がたくさん梱包されて、心の震えのようなものがこの1冊に詰まっていた。

ネパールでの漏電で容赦なく自分の時間に隙間が生まれることの美しさが書かれていて、一度も行ったことがないのにその真っ暗な夜の情景が浮かびました。私がとくに偏愛しているのは「好きな人の鎖骨」というエッセイ。一番近い「あなた」に全身全霊をささげることができるから、雇用関係の人やソープを使う「あなた」を、思うことができる。麻衣さんはいろいろな「あなた」にそっと愛情を届けているのだなあと。

向田: 真理子さんありがとう。うん。Lalitpurの前身であるCoffret Projectでも、お化粧で一人ひとりの顔に触れていている。たった一人、「あなたのため」の行為を重ねていた。私は、誰か一人と向き合うことや、誰か一人の人を思ってものづくりをすることでしか、表現をすることしかできないなにかがあると思う。それはある種の弱さとかあきらめでもあるのだけれど、目の前のたった一人の人を愛する。それができたら、それ以上のことはないのかもしれない。

朝吹: それはすごく難しいことだよね。

イメージと言葉をつなぐ「チューブ」としての使命

向田: 「美しい瞬間」を一生抱え持っていくためには、その記憶をたとえば言葉にするか、一編の詩にするか、映画にするか、写真に撮るか、いろんな表現方法があると思うのだけれど、真理子さんはやっぱり書くことで美しい瞬間を拾い集めているの?

朝吹: 自分が小説で書いているものが「美しい瞬間」の梱包だとは思わなくて、ただただ降りてくるイメージを追いかけている感じです。言語からすごく遠い光景だったり音楽のようなものが降りてくる。それにもっと近づきたいと思って言葉でアプローチしてつかまえようとする感じかな。

言葉は、人間と人間が深くつながるための大切な道具だけれど、安易に使うこともできてしまうから、怖い。イメージにフィットする言葉をつかまえられないと跳ね返ってきてしまう。言葉をつねに真剣に探している状態です。