ほめられたら要注意!? 京都人の「ウラとオモテ」を楽しむ

世界の中心は「京都御所」
週刊現代 プロフィール

「京都の歴史は、戦乱の歴史でもありました。室町時代の応仁の乱、幕末の蛤御門の変など、戦のたびに京都は『よそ者』に破壊されてきた。だから京都人は、自分の身は自分で守る、という思いが強いのだと思います。

もし京都人の態度がしゃくに触っても、決して偉そうにしたいわけじゃないんだ、ということをどうか分かってください」

また、兵庫県出身の経営学者・長田貴仁氏も、こう指摘した。

「私自身、若い頃に京都出身の人から『上洛の際にはぜひお立ち寄りください』と書かれたハガキをもらって面食らった覚えがあります。

ただ、『いけず』にも、それなりの理由がある。京都の『いけず』としばしば対置されるのが、フランス・パリの『エスプリ』、つまりユーモアです。京都やパリのような古都では、多くの市民が無用な衝突を生まないように、ほどほどの距離を保つ会話術が昔から発達してきたのでしょう」

東北・岩手育ちだが、すでに20年以上洛中に住んでいる宗教学者の山折哲雄氏は、「私は外から移り住んできた『番外』の京都人ですが」と前置きし、こう語った。

「私は『いけず』を優れた文化だと考えています。よそ者を排除するためのものではなく、逆に『いけず』があるからこそ、京都では知らない人同士でも深いやりとりができるのだ、ともいえる。『いけず』は、京都という街の奥行きを端的に示していると思います」

日本のどこを探しても、京都人のように繊細で、複雑な心を持つ人々は他に見つからない。彼らから、もし「オモテとウラ」がなくなってしまったら、京都の魅力は一気に薄れてしまうことだろう。

「週刊現代」2016年3月19日号より