いまさら聞けない「集団的自衛権って何ですか?」〜日本の常識は世界の非常識だった…

伊勢崎 賢治 プロフィール

以上、日本人の“ズレ”がわかるだろうか。このまま放っておいてもいいものなのか?

いや、いかんと思う。日本が、国連(つまり国連憲章、国際法)に依存しない限り、「国防」の議論“さえ”できない地政学上脆弱な存在であることは、以前に本コラム(http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47229 )で述べた。国際法との認識のズレは、国防上のリスクであり、一刻も早く是正されるべきだ。

「“交戦”をしない自衛」とは?

そもそも、日本人が、9条が許すと思っている“個別的自衛権”は、「個別的自衛権」ではないのだ。じゃあ、なにか。それは、日本が自ら定義した「自衛権」という概念であり、「“交戦”をしない自衛」である。

国際法の個別的自衛権と集団的自衛権は、「交戦権」の行使になる。武力行使の口実が上記の3つに規定される国連憲章。それが実際に行使されるその瞬間から、国連憲章より古い慣習法や条約の集積である戦時国際法・国際人道法が規定する「交戦権」の世界になる。戦争の流儀。ロー・オブ・ウォー。

すでに述べたように、個別的自衛権でも、一度攻撃を受けたら、何千キロも隔てて敵地攻撃、占領して暫定統治までできる。ただし、併合はできない。侵略になるから。

9.11後アメリカの開戦は、合法であった。イラク戦争も、フセイン政権とアルカイダの関係と大量破壊兵器の保持は殲滅後に否定されたが、“開戦時”には残念ながら合法だったのだ。歴史的には、全く間違った戦争だが。

これが「交戦権」の世界だ。

防衛省のホームページには、こうある。

「憲法第9条第2項では、「国の交戦権は、これを認めない。」と規定していますが、ここでいう交戦権とは、戦いを交える権利という意味ではなく、交戦国が国際法上有する種々の権利の総称であって、相手国兵力の殺傷と破壊、相手国の領土の占領などの権能を含むものです。

一方、自衛権の行使にあたっては、わが国を防衛するため必要最小限度の実力を行使することは当然のこととして認められており、たとえば、わが国が自衛権の行使として相手国兵力の殺傷と破壊を行う場合、外見上は同じ殺傷と破壊であっても、それは交戦権の行使とは別の観念のものです。ただし、相手国の領土の占領などは、自衛のための必要最小限度を超えるものと考えられるので、認められません。」

必要最小限の反撃をするが、交戦しないって、具体的に、どういうことか。