いまさら聞けない「集団的自衛権って何ですか?」〜日本の常識は世界の非常識だった…

伊勢崎 賢治 プロフィール

「個別的自衛権とPKOはOK」という日本人の理解

集団安全保障は、70年前に国連憲章ができた時は、明確に「侵略者」に対する殲滅措置だった。それがしばらくすると、国連憲章が創稿された時には想定外のことが起きてくる。

その一つが「内戦」の時代だ。

戦争というのは、国と国が戦うものだった。ところが一国の中の“内輪揉め”で、戦争と同じような規模の人道的被害が出ようになった。

ある一国の国民が他国にいじめられたら、これは「侵略」、だから、国連全体で叩こうというのが集団安全保障。ところが内戦では、その国の政府が自国民をいじめる。内政不干渉が原則の国連はどうするか。

そこで、苦肉の策として“発明”されたのが、“敵のいない軍隊”の国連平和維持活動(PKO)だ。これが、集団安全保障の中心になっていく。

歴代の自民党政権も、このPKOに目を付けた。(日本政府の恣意的なPKOの解釈と活用については、以下を参照。http://gendai.ismedia.jp/articles/-/47860

そして、この目論みは大成功し、過去、明らかに差別の対象であった自衛隊という職能集団がPKOに派遣されることを警戒する世論は、現在、無いに等しい。1992年のカンボジアPKO派遣当時は、国内で強烈な反対運動があったが、今では、もう起らない。

こうして、自衛隊のPKO参加は良いものである、個別的自衛権と同様、憲法9条は許している、という感覚が日本人に定着した。

つまり、個別的自衛権と集団安全保障(=PKO)はよし。でも集団的自衛権はダメと。日本人のマインドを図にすると、こうなる。

 国際法の考え方

これに対して、国際法の考え方はどうか。実は、個別的自衛権と集団的自衛権に、それほどの違いはないのだ。