いまさら聞けない「集団的自衛権って何ですか?」〜日本の常識は世界の非常識だった…

伊勢崎 賢治 プロフィール

二つの自衛権は暫定的に許されている

「集団的自衛権」という語彙が記されている国際法は、国連憲章しかない。

国連は、地球上で起こるすべての殺傷行為を、人権というたった一つの価値観から刑事事件として扱い、裁ける世界政府には、まだなっていない。国連の実態は、中国を含む戦勝五大大国(米露英仏中)が、二度と、日本やドイツのような不埒な侵略者の出現を許さないために、地球上すべての国連加盟国の「武力の行使」を統制する、という世界統治システムである。

もし侵略者が現れたら、国連全体でぶちのめしに行く、それが国連的措置である(日本語訳では「集団安全保障」)。

ただ、その戦勝五大大国の王様クラブである国連安保理が集団安全保障を決めるには、どうしても時間がかかる。その間に暫定的に行使を許されているのが、個別的と集団的の二つの自衛権だ。

王様クラブが協議しているうちにやられちゃうと困るから、とりあえずやっていいよ、でもチョットの間だけ、と許されているのが自衛権なのだ。繰り返すが、それを許す王様クラグでは、中国がメンバーだ。

だから、侵略者を許さない王様クラブ五大大国は“侵略”しない。中国も、だ。

彼らが“侵略”するとしたら、それは彼らにとっての個別的または集団的自衛権としての要件が成り立つときのみ。もちろん、彼ら自身が、その要件を巧みにつくっちゃうことが多いのだが。(中国が、“侵略”でなく、個別的または集団的自衛権の行使として日本に「武力の行使」をする具体的なシミュレーションは、新著『新国防論 9条もアメリカも日本を守れない』を参照されたい。)

このロジックを頭に置いておく限り、日本は“侵略”される心配はない。ないと言ったら、ないのだ。誰も住んでいない尖閣ぐらいは盗られるかもしれないが。

ちなみに、中国が“侵略”する根拠として、チベット問題を挙げる扇動の向きがあるが、これは国際社会的には、民族自決の内政問題であり、人権侵害の観点から糾弾されるべき問題だ。国際法上の「武力の行使」が懸案となる“侵略”の問題ではないので、勘違いしないように。もっとも、チベットの民にとっては、なにがどうあれ、“侵略”であろうが。