「相撲は国技」はフィクションだ〜そこにひそむ「ナショナリズム」の正体とは?

琴奨菊フィーバーから考える
森田 浩之 プロフィール

国技の危機?

このときの新聞記事を読み返すと、大相撲は深刻な危機感につつまれていたことがわかる。横綱・貴乃花が年5場所全休。それに加えて11月場所は、横綱・武蔵丸、大関の魁皇、千代大海と番付の上位4人が休場となった。

観客席は平日だと4割程度しか埋まらなかったという。横綱審議委員会では力士のけがを減らす目的で、年に1場所減らす「5場所制」が提案されていた。そんなときに初土俵からわずか24場所で優勝を果たした朝青龍は、いわば相撲界の救世主だった。

新聞には「日本人力士は何をやっている」という論調が目立ったものの、それが2016年の今にいたるまで続く「モンゴルの時代」の幕開けであることを感じ取った人は少なかったかもしれない。

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朝青龍は初優勝したあとの3年間の18場所で14回優勝するという圧倒的な強さを見せつけた。そのあとに栃東が優勝して以降は、白鵬が大関、横綱と昇進したこともあり、日本出身力士の優勝は今年1月場所の琴奨菊まで10年間途絶えた。

そして、このときはまだ、のちに「横綱の品格」というあいまいな概念をめぐる文化的な衝突の末に、朝青龍が大相撲から「追放」されるなどと予想した人も少なかったはずだ。

ハワイ勢とは違って、一見して日本人力士と体格が変わらないように見えるモンゴル勢の強さは、多くの日本人にとって「国技の危機」にも映った。そこで生まれたのが、「朝青龍には横綱の品格がない」という見方だった。

たしかに、けがを理由として巡業を休んでいたあいだにモンゴルでサッカーをやっていたり、泥酔して暴れたと写真週刊誌に報じられるなど、問題となる行動はあった。

しかし仮病サッカー疑惑に対しては2場所の出場停止処分が下り、泥酔暴行疑惑のあとには横綱審議委員会からの引退勧告書に応じるかたちで引退を宣言するという厳しい結末は、朝青龍が大鵬の32回という通算優勝記録を破る可能性が低くなかったことと無関係ではないだろう。

日本の相撲の「聖なる記録」をモンゴル人に破られたくないという、無意識の排他的感覚が発動されたのではなかったか――。

ヒール役の朝青龍とは対照的に優等生イメージのあった白鵬も、大鵬の優勝記録を抜いてからはメディアイメージが「朝青龍化」しているようにみえる(ついでに言えば、一部のモンゴル人力士の取り口が、勝負がついているのにだめ押しをするなど乱暴に見えるのは、モンゴル相撲には土俵というものがなく、相手を倒すまで行われることと無関係ではないだろう)。