山田哲人の内角打ちに見た「打撃の神髄」〜静の中に動がある

スポーツコミュニケーションズ, 上田哲之

伝説の左打者との共通点

山田が達したこのような境地を、「静の中に動がある」と呼んでみたい。(もちろん今後、山田にも好不調はあるだろうが、少なくとも昨年10月27日は、彼は神髄というべき域に達していた)

この言葉、今年1月におっしゃった方がいる。

1月18日、今年の野球殿堂顕彰が発表された。工藤公康(現ソフトバンク監督)、斎藤雅樹(現巨人二軍監督)が選ばれたが、エキスパート部門として、故・榎本喜八が選出された。榎本は伝説の左打者だが、引退後は野球界を離れて、公の場に出ることがなかった。イチローよりも早く1000本安打を達成した、といえば、そのすごさがわかるだろう。

この表彰にあたって、張本勲さんがスポーツニッポン紙に寄せたコメントがすばらしい。

<この人には勝てない。現役時代、そう思わされただ一人の打者だった。(略)川上哲治さんより理想的だったのではないか。「静」の中に「動」があるフォーム。まるで動かないように見えて、静かに膝でタイミングを取る。体が開くわけでも突っ込むわけでもない>(「スポーツニッポン」1月19日付)

榎本は、ステップをしない。少なくともしないように見える。構えてじっと静止したまま、来たボールに対して、いきなりものすごいヘッドスピードのスイングをする。少なくともそう見える。

しかし、張本さんは、あの、じっと静止している中に「動」が宿っていた、と言うわけだ。

このことは実は、榎本の中では「脱力」「合気打法(合気道をとりいれた打撃理論)」というテーマと重なっていく。そして、やがて奇人として世にうとまれるようになる。(その野球人生のすさまじいまでのディテイルを、唯一無二といっていい貴重な本人のロングインタビューを元にまとめたのが、松井浩著『打撃の神髄 榎本喜八伝』である。このほど講談社+α文庫として再刊された)。

山田と榎本では右と左の違いがある。全然、タイプが違うじゃないかと言われるかもしれない。しかし、神髄は一つだろう。

榎本は、ピクリとも動かなかった。山田は大きく左足を上げる。そのいずれの道をとろうとも、ふたりの打者は、「静の中に動がある」という一点において重なり合う。それを、彼らが達した究極の境地と言ってさしつかえあるまい。

そう考えてみると、今季、もう一人、注目したい打者がいる。

丸佳浩(広島)である。去年までは、彼はすり足打法だった。千葉経大付高からプロ入り後、順調に成長してきたが、昨年は打率.249という不振に陥り、今季から足を上げるフォームに変えた。オープン戦を見ると、去年よりも強い打球が増えたような気がする。

ただ、上げない左足の側が、10月27日の山田のように静止しているとは思えない。どこか、ざわついている。今はまだ、「動の中の動」なのかもしれない。この屈指の好打者に、去年の山田のように化ける瞬間は、はたして訪れるだろうか。

いずれにせよ、今季もまた静と動のはざまで、打撃の神髄を垣間見たいものだ。

上田哲之(うえだてつゆき)
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。