「過疎の町のパン屋」が実践する、利潤を追わない経営哲学

ポスト資本主義、人口減少社会の最前線から

「無借金」こそ「小商い」のカギ

田舎で事業を成り立たせる最重要ポイントは、自己資金ですべてを賄う「無借金」にあると、渡邉氏は強調する。

「田舎の魅力は、自然豊かで農産物がすぐ身近にあることと家賃が安いことです。それにより、大きく稼がなくても生きていける生活上の安心感を得られますが、事業を営む以上、採算は絶対に合わせなければなりません。そのために、どんぶり勘定ではなく損益分岐点を算出し、売上目標を立てて日々の事業を回しています。

“無借金”なら、原材料費や人件費、設備投資の減価償却費、家賃や光熱費など、諸経費分を稼げば事業を続けていくことができますが、借金をすると、それらに加えて元本と利息の返済分も稼ぐ必要が出てきます。田舎の小さな市場で、ましてやこれから人口も減少し市場が縮小していくなかで、大きく稼ぐのを前提にした借金による開業はリスクが大きすぎます」

タルマーリーの事業に共感する平川氏。MBAで教えることの正反対の話を聞けて刺激的だったと笑みをこぼす

平川氏も、「無借金」の重要性に強く同意した。平川氏は40年来、複数の事業を起業・経営してきた経営者だ。今では自ら提唱した「小商い」を実践するべく事業を縮小し、喫茶店を営んでいるが、経営規模が大きかったころに抱えた負債が経営の重しになっていると漏らす。

「私自身の経験則では、小商いを目指すなら、借金をしては絶対にダメです。借金を抱えている人が小商いに移行しようとしても、返済が苦しくなるだけです」

タルマーリーの事業の大きな特徴のひとつは、「人の手と技術」を惜しみなく注いで商品(パンやビール)をつくることだ。その姿勢は素材の選定についても当てはまり、農薬や肥料を使わず、農家が手をかけ、自然の恵みを最大限に活かした「自然栽培」という方法でつくられた素材を主に使用する。

そのひとつの狙いは、「労働生産性」から「環境効率性」へのシフトにあると渡邉氏は語る。この言葉は、千葉大学教授で「人口減少社会」や「定常型社会」などについて研究する広井良典氏の手による造語だ。

「経営の常識では、いかに人手をかけずに効率よく商品を生産するか、つまり“労働生産性”が重視されます。その考えに従えば、パン屋はできるだけ人の手をかけずに農薬や肥料で育てた素材を使うのが合理的、ということになります。けれども、“労働生産性”を名目に、企業が環境負荷の高い経済行為を積み重ねてきたことが、今の環境問題を引き起こしているように思えてなりません。

反対に、農薬や肥料を使わず、自然の生産力で育てた素材でパンをつくれば、環境負荷を低く抑えることができます。少ない環境負荷で商品をつくることは、自然の生産力をより持続させていくことにつながり、“環境効率性”が高いと言えます。そのシフトを可能にするのが、人の手であり技術です」

パンの価格に込める意味

だからと言って、タルマーリーは、生産工程を効率化する科学技術を否定するわけではない。タルマーリーも、温度管理のための冷蔵庫や、生地を混ぜるためのミキサーをはじめ、さまざまな機械を使用する。渡邉氏は、機械と人間の手の技術との適正なバランスを、開業以来ずっと探り続けてきたと言う。

「食品加工の仕事は、科学技術によって効率化されてきました。腕のある職人でなくとも誰でも失敗なくパンをつくれるようにする技術革新が、パン屋の“労働生産性”を改善してきたのです。その象徴が、純粋培養された菌のイーストです。イーストや添加物を使うと、非常に効率よくパンをつくれるようになります。

経営上はきわめて合理的なことですが、それによって職人の労働は単調になります。私も修業中にイーストでのパンづくりを経験しましたが、毎日ほぼ同じ時間にメロンパンを焼くのは精神的に苦しいものでした。こうした結果、食品加工は誰でもできる仕事になって職人の労働の価値が低下し、つくり手の給料が安くなります。そうした構造を背景に“安い食”が成り立っています」

タルマーリーの事業について語る渡邉氏。実践者ならではの説得力に、聴衆は静かに耳を傾ける
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