「過疎の町のパン屋」が実践する、利潤を追わない経営哲学

ポスト資本主義、人口減少社会の最前線から

2008年、最初に店を開いたのは、東京からクルマや電車で2時間ほど、千葉県いすみ市の田園地帯だった。それが、2011年3月11日の東日本大震災とそれに続く福島第一原発事故をきっかけに、よりよいパンづくりを求めて移転を決める。移ったのは、江戸時代から続く古民家の町並みが風情を感じさせる岡山県真庭市勝山だった。

その後、書籍の反響を受け勝山の店は賑わいを見せるも、ビール事業を展開したいという思いが膨らみ、再度の移転を決意する。2014年10月に勝山の店を閉め、半年ほどの準備期間を経て2015年6月に智頭町で店を再開した。ビールはパンと同様、ムギと酵母菌の働きによって出来上がる発酵食品だ。古来より「液体のパン」と称され、両者は技術的にも文化的にも密接な関わりがある。

「移転のたびに、より田舎へ、より田舎へと移っていきました。私たちは、自然環境から自家採種した“天然菌”でのパンづくりに取り組んでいます。目指すパンをつくるには良い菌が必要で、それには豊かな自然環境が必要でした。今回の移転は、ビールづくりに挑戦するのが大きな理由で、ビール工房に使えるスペースと、手軽に得られるいい水を探していました。

勝山では、湧き水を汲みに行くのにクルマが必要で、古民家につくったパン工房も手狭になっていました。智頭町の旧保育園は、申し分のない広さの建物と、里山に浄化された地下水が敷地の真下に流れていて、まさに求めていた物件でした」(なお、タルマーリーがつくるビールは、酒造免許上は発泡酒に分類される)

2015年8月、智頭町の店舗に搬入されてきたビール製造設備。その後、店舗内に設置された。タルマーリーは機械と人の手の適正なバランスを探り続ける

タルマーリーは、3度の「開店」の際の内外装を、毎回、自分たちで手掛けてきた。DIYの店づくりにこだわる理由を、渡邉氏は次のように語る。

「ひとつは、元手をかけずに事業を始めるためです。田舎で事業を始めるにあたり、田舎で大きく稼ぐのは難しくとも、借金さえしなければなんとかなるだろうと考えていました。

パン屋で修業中、『パン屋を開くにはだいたい2000万~3000万円かかるぞ』と先輩から言われていましたが、結局のところ、妻と2人で蓄えた資金600万円を元手に開業しました。これだけ少ない自己資金でやりくりするには、自分たちでできることは自分たちでやるより仕方ありませんでした。

もうひとつの理由は、DIYの店づくりを実際にやってみて気づいたことですが、開店準備で汗水流して働いていると、地域の人が私たちのことを気にかけてくれるようになります。自分たちで店をつくることで、店を始める前に地域の人たちと接することができるのです」

店舗内部のカフェスペース。壁や床の内容を自分たちで手掛け、テーブルやソファの調度品はインターネットオークションや中古品店で手に入れた
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