真のイノベーションは「トリセツ無視」から生まれる
~音楽界に訪れた「歴史的瞬間」

ある日、レコードプレーヤーは楽器になった
原 克
〔PHOTO〕iStock

それに対して、ブロンクスのヒップホッパーたちにおいて、機械をねじふせたのは、芸術などという体系化された、高尚なイデオロギー装置などではない。

そうではなくて、「あれ今の何だ?」「レコード針って、音を順番に拾うことしかしちゃいけないのか?」「これってノイズか? でも奇妙にカッコイイ」とでもいったような、素朴な疑問の連鎖でしかなかった。

そして、そうした疑問の自由な連鎖、ときには野放図な展開こそが開示する、思ってもみなかった表象世界。偶発的であって、未聞であって、不可解である。そんなイメージ世界を垣間見る。そんな瞬間が到来するのをのがさない。巧んだわけではないけれども、その意味では繊細な受信アンテナ。

高尚な芸術論などではなく、日々凡庸なユーザーとしていだく小さな懐疑心。こんな些細なところにこそ、おしきせではない放埒さでもって科学技術とつきあってゆく隘路が残っているのかもしれない。
 

原克(はら・かつみ)
早稲田大学教授。1954年生まれ。立教大学大学院文学研究科博士課程満期退学。独ボーフム・ルール大学、ベルリン・フンボルト大学客員研究員を経て、現職。専門は表象文化論、ドイツ文学。19~20世紀の科学技術に関する表象分析を通じて、近代人の精神史、未来を指向する大衆の文化誌を考察。著書に『ポピュラーサイエンスの時代』『流線形シンドローム』『サラリーマン誕生物語』『OL誕生物語』など多数。