真のイノベーションは「トリセツ無視」から生まれる
~音楽界に訪れた「歴史的瞬間」

ある日、レコードプレーヤーは楽器になった
原 克

いまや道具と名のつくものは、ほとんど製品化・商品化されている。だから、ボクらは購買者として入手し、ユーザーとして対面するしか、道具にかかわる可能性をもっていない。

その上、ごく少数の例外をのぞいて、これら道具たちの内部機構はブラックボックスと化している。素人には下手に手出しなどできないメカニズムで、できているからだ。

今日、ボクらが科学技術にかかわるとき、ユーザーは技術者が望むように振る舞ってしまうものだ。ユーザーとエンジニア、素人と専門家――要するに、専門性というものが圧倒的権威を寡占するという、きわめつけの権力構造がそこには出来しているのである。

こうした権力構造を集約しているのが「取扱説明書」という存在だ。

素朴な疑問の連鎖が機械をねじふせた

1980年代以降、ポップカルチャーのアーチストたちが、数多く電子産業界のCMに登用されるようになった。某ビデオアートの人気者、某コーピュータ・アートの寵児。最新の撮影機材や音響加工装置をかっこよく駆使する。そんな彼らのパフォーマンスが、CMの奔流となってメディア環境を席捲した。その理由もうなずける。

なぜなら、彼らの機械の使い方は、電子メーカーの取扱説明書どおりなのだ。ブロンクスの貧困青年たちとはちがい、決して、技術をレイプなんかしないのだ。お行儀の良いアーチストたちは、だれひとり、ギターを燃やしたりしないし、機材を壊したりしない。

技術に対する本質的な懐疑。そんなものなら、20世紀初頭以来100年以上も前からある。

バウハウスもそうだ。造形作家モホリ=ナギは、おしきせの科学技術にたいして叛乱をおこした。レコード盤を「引っ掻け」と主張したのだ。

レコード盤の溝に「図版を描けば」、「図版が生みだす新しい音階ができるのではないか。図版になんらかの法則性をもたせれば、新しいハーモニーが技術的に生まれるのではないか」。こう言ったのである。1923年のことだ。

20世紀初頭、蓄音機とレコード盤は、もっぱら音響を保存再生するための道具と考えられていた。これに対して、バウハウスの前衛的造形作家は、レコード盤に図版を彫りこめば、蓄音機を、たんなる再生装置ではなく、情報発信装置に変換することができると考えたのである。

1970年代ブロンクスで起こったことは、すでにして、ドイツはバウハウスの工房で生起していたわけだ。

1920年代バウハウスの前衛と、1970年代ブロンクスの貧困。基本的には、両者に共通する哲理は同じであるといえよう。「おしきせの科学技術には懐疑的にのぞむ」。これである。

しかしながら、決定的な違いもある。それは次のような違いだ。かたやバウハウスにおいては――およそ20世紀初頭の文化的前衛がそうであったように――芸術でもって機械をねじふせようとしていた。