真のイノベーションは「トリセツ無視」から生まれる
~音楽界に訪れた「歴史的瞬間」

ある日、レコードプレーヤーは楽器になった
原 克

二台のレコードプレイヤーを接続すると……

ところで、ヒップホップは隆盛期をとうに迎え、いまや、多くの大衆文化シーンにおいて、ほとんど平均的な音風景となった感すらある。そんなヒップホップの黎明期、1970年代、事態はまるでちがっていた。

ベトナム戦争直後、それでなくとも無力感がただよう1970年代の米国社会。わけても、黒人居住区ブロンクスの青年たちは、恒常的な差別と失業にさいなまれていた。

それでも音楽は欠かせず、カセットデッキやレコードプレイヤーは、彼らにとって必需品だった。街頭や公園にたむろし、使い古した音楽機材をまん中にして、ソウルやR&Bに聴き入った。

彼らが使った機材は、むろん新品などではなく多くは中古品。たいていは、町角のゴミ集積場から拾ってきたものばかりだった。なにせ、みな無一文だったからだ。

だから、しょっちゅう壊れた。レコード針もロクなものは付いてなかった。回転盤のゴムは伸びているのか、演奏中も勝手に回転数がブレて、せっかくの音響も奇妙にひずんでしまうのだった。

それでなくとも貧困の街だ。テレビにせよラジオにせよ、故障したからといって電気店なんかには頼まない。まずは自分で修繕を試みる。なにせ修理代など払うあてもないからだ。ブロンクスの現実だった。

今となっては論証しようもないが――あるとき、冗談めかしてか、明確な目的意識があってか分からないけれども、二台のレコードプレイヤーを接続したヤツがいた。

本当だったら、ミキサーとかビートボックスとかが欲しかったのかもしれないが、なにせ貧乏な黒人青年ばかりだ。贅沢は言ってられない。手持ちのもので、なんとか工夫するしかないじゃないか。

すると、手が滑ったのだろうか、ターンテーブルをいじっていたら、レコード盤から奇妙な音が出てきた。聞いたこともないような不思議な音だ。これまでの音楽の常識だったら、騒音・ノイズと切りすてたような音だった。

こんどは、またぞろゴムが弛んだのか、レコード盤が不安定に歌いだしたので、反射的に腕を伸ばして回転盤に触れた。すると、勢いあまったせいでレコード盤が逆回転してしまった。その途端に、針が飛んでガリガリと、予期せぬ音が生じた。

あっけにとられた。次の瞬間、だれかがつぶやいた。「レコードかけるだけじゃなく、これ、いろいろ使えるゼ」。

そのやりとりを、20世紀ポピュラー音楽史上まれにみる、歴史的瞬間であると認識した者は、つぶやいた本人をふくめて、だれひとりいなかったかもしれない。

このとき何が起こっていたのか。