小津安二郎が映画史に残したもの

「永遠の現実」はこうして切り取られた
前田 英樹

女優・原節子の類まれな天稟

戦後、『晩春』から原を起用するようになった小津は、彼女についてのこの悪口に本気になって憤慨している。映画女優、原節子の天稟に、小津は、まさしく感嘆していた。が、この天稟は、彼女を執拗に「大根」と呼ばせる原因となっていた性質と同じもので、そこが大変面白いのである。

この場合、「大根」とは筋立てにある人物の性格を、芸達者に演じる能力がなく、したがって不器用だということだろう。つまり、噓の現実を演じる器用さも、技術もない。

しかし、小津は、自分の俳優たちがそういう芸を得々として演じることを最も嫌った。俳優ひとりひとりが、そうした技術を失くしきるまで、徹底したリハーサルを繰り返した。俳優が、何をどうしたらいいのか、もう皆目わからなくなった時、撮影に入ったのである。原節子という女優には、そういうことを要求する必要がまったくなかった。

彼女は素人くさいどころではない。映画キャメラの前に在る人間が、どのようにするべきかを、その天稟によってしっかりと摑んでいる映画女優だった。原節子は、出演したどの小津映画のなかでも、紛れようもない彼女自身の〈人格〉を、監督が求める通りに顕わした。小津はそのことに強く驚き、実に不思議の感にうたれていた。

思えば、原節子の映画女優としての類まれな天稟は、小津安二郎の映画監督としてのこれまた比類ない天稟にぴたりと応じるものとして在った。物を写して宇宙を、人を写して神を啓示しようとする小津の映画は、キャメラが知覚すべき物と人とを、やはりあらかじめ外に求めなくてはならなかった。

酒席で卓上に置かれる盃ひとつが、古美術商を通して慎重に選ばれたりしたのは、そのためである。物には物それ自体としてのさまざまな格がある。

人間はどうするのか。これは、映画会社の当然の要請として、撮影所にいる有名俳優、少なくともそれなりに名の知れた俳優陣から選ぶほかなかった。彼らは、しばしば職業上の余計な芸を披露して、撮影の進行を遅らせてくれる。が、苦労して削り出せば、彼らの内にも写すに足る人間の格は充分に潜んでいるのだ。

小津の演出は、それを求めて為される人間探究だったと言ってもいい。ちょうど、肖像画家がモデルという実在を探究するように。

小津安二郎にとって、原節子は天性のモデルであり、彼が映画キャメラの知覚対象として求める〈人格〉を、その姿から、たちまち真っ直ぐに顕われさせる唯一のモデルだったに違いない。

小津が、その映画で実現したところを語ることには、非常な困難が伴う。批評家が好んでする人生論風な講釈も、映画美学風の取ってつけたような理屈も滑稽になるし、社会学風の歴史分析も一貫して的を外す結果になる。

それでも、彼の映画がただ好きで、黙ってそれを観続けている人たちは、何と多いことか。このような観客を、どんな時代にもはっきりと持つことで、そのことだけで、小津は世界の映画史に冠絶する監督となっていくだろう。生誕から110年を超え、その事実は、これからますます明らかになっていくと思う。

今度出してもらった『小津安二郎の喜び』で、私が絶えず心がけたのは、黙した観客たちのがわに座り、まったくそのなかのひとりとして書くことだった。

読書人の雑誌「本」より