国家とは、戦争とは? 問い続ける書物の力強さと重み

リレー読書日記・堀川惠子
堀川 惠子 プロフィール

「あの遅れはなにか」

戦争の責任は誰が負うべきか。井上ひさし著『初日への手紙』は、広島の原爆で全滅した劇団「桜隊」をモチーフにした演劇『紙屋町さくらホテル』に関する制作資料を大量に収蔵している。

『さくらホテル』には、メインの桜隊に加え「天皇の密使」が登場する。モデルとなったのは、実在した元海軍大将。戦争末期、「まだ戦える」と主張する軍部の報告に疑念を抱いた昭和天皇の命を受け、国が置かれた現状を秘密裏に調べて上奏したといわれる人物だ。

本書によると、井上さんはかねてから元大将に関する資料を集め、構想をあたためていた。そして『さくらホテル』の舞台で、天皇の国民に対する戦争責任を語らせるのだ。

つまり密使による上奏が為された後も、和平工作は遅々として進まない。その間、沖縄、広島、長崎、そしてソ連侵攻があった。ヒロシマを生き延びた密使の台詞はこう続く。「いったい何百万の同胞の生が断ち切られたと思うのか」「御決断の、あのはなはだしい遅れはなにか。あれほど遅れて、何が御聖断か」。井上さんはこの3年半後に『東京裁判三部作』を手掛け、天皇の戦争責任をさらに直截に描いている。密使の存在は、その前段だったのだろう。

話は舞台から映画に移る。戦前から映画の編集者として活躍した岸富美子さん(95歳)の自伝『満映とわたし』には、当人が語らなければ消えていたであろう映画史の舞台裏が描かれている。

映画監督の伊丹万作が、ドイツのアーノルド・ファンク監督と共同で手掛けた『新しき土』(昭和12年)。伊丹とファンクの間で編集方針を巡って対立があったのは有名な話で、結果、ドイツ版と日本版が別々に作られた。

岸さんは、日本版の編集室で助手を務めることになった。次々とスタッフが倒れる過酷な現場という噂どおり、朝から朝までひたすらフィルムを繋ぎ、眠れるのは食事に出かける車中だけ。岸さんも1ヵ月で立てなくなった。

制作方針が迷走したこの時の作業で、伊丹自身も決定的に体を壊して病臥することになるのだから、本当に惜しまれる話である。

その後、岸さんは満州映画協会(満映)に就職。戦後は中国に残り、内田吐夢監督らと共に中国の人々に映画制作を指導した。その時に教科書としたのが『無法松の一生』(稲垣浩監督・昭和18年)だったという話を本書で初めて知った。

戦中、満映は日本で上映された映画をすべて買い集めており、それが戦後どういう事情か、旧満州赤十字病院のボイラー室に詰め込まれていた。そのフィルム缶の山の中から『無法松』を探し出し教材にした。中国での約8年、内戦と共産党の監視下で多くの辛苦も味わった。

どんな厳しい境遇に置かれても、映画人たちの軌跡はどこか不屈で野太い。だが内田監督も岸さんも、帰国した日本では苦労したという。「中国帰り」という心ない中傷にも晒された。繁栄を手に入れた祖国は、侵略戦争の記憶などすっかり忘れ去っていた。国家とは何か――。今回の3冊に共通する問いである。

※この欄は中島丈博、堀川惠子、熊谷達也、生島淳の4氏によるリレー連載です

『週刊現代』2016年3月12日号