関東大震災の真実に涙が止まらない!~90年間”抹殺”されていた「奇跡の物語」

全壊の横浜刑務所で何が起きたのか
牧村 康正
坂本氏(前列右から3人目。平成6年3月、広島拘置所総務部長。退官の日の記念撮影)

解放措置は大失敗ではなかった

坂本:刑務所の話をしますと、実際、一番面白いのは現場で囚人たちと接する仕事なんですよ。ただ、刑務官は試験で入ってきますから勉強ができる子ばかり増えて人の扱い方を知らない。

だから現場の仕事ができない。そうするとその子たちは人の扱いを覚える前に勉強して幹部になる。だから幹部の多くが現場の苦労を知らない。現場の悩みだとか相談を処理できない。右肩上がりの経済が続いていた時代は刑務官のなり手が少なくて世襲が多かったんです。

だけど今の若い人はみな将来に対する不安がいっぱいで、親も含めて公務員志向が強いから刑務官のなり手は増えるかもしれない。ただし、この仕事は安定していることは確かですけど、このままでは刑務所は更生のための教育現場にはならないですよ。

二村椎名さんが生きていたころのようにはいかないんですか。

坂本:戻したいと思って書いてるんですけど。

二村そうですね。この本を読んで、椎名さんのような刑務官を志す人がおられたらいいんですけど。

坂本:いてほしいですね。ちゃんと刑務官になろうと思ってなってほしいですね。こういう仕事だとわかってね。じつは典獄や刑務官を描くのは、ライフワークなんです。書き足りていないことはまだまだあります。

命懸けで人生を戦い抜いて報われずに亡くなった人が大勢います。彼らの思いを活字にして真実を掘り起こしていきたいなと思います。刑務所関係だけでも明治以降、戦中戦後、現在に至るまで、真実がまったく伝わっていないことが多いんです。

しかも戦後、世情が落ち着いてきて管理統制がすすむにつれて、刑務所の中は、世間の視線から遮断され、ますます見えなくなっています。

たとえば、本書で椎名さんが断行した「解放措置」は、大失敗だったとされていたんです。解放囚が略奪行為を働き、さらに朝鮮人の虐殺を招いた引き金になった、つまり、帝都一帯を大混乱に陥れた張本人が椎名さんだと、刑務官当時の私も、そう教えられていました。