『あさが来た』感動のラストが近づいてきた!「史実の広岡家」はその後どうなったのか

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和治氏は嘆息する。

「戦後、生命保険各社は戦争死亡保険金の支払い増加と猛烈なインフレで危機に陥りますが、政府としては、生保はなんとしても潰さず死亡保険金や復員者への保険金を支払わせたい。そこで、GHQは生保会社を株式会社から、保険契約者が会社を相互に所有し、経営者に経営権だけを渡す相互会社へ転換するよう指導しました。

こうして広岡家の100%所有だった大同生命の株も、ゼロになってしまった。相互会社となった昭和22年7月、亀子の腹違いの弟だった広岡松三郎が4代目の社長になりますが、彼を最後として広岡家は大同生命の経営から手を引きました。

こんなふうに我が家は没落して、お金がなくなりました。でも、終戦直後の財閥は、浅子の実家だった三井家も財産を没収されて大変な苦労をしましたし、今とは時代が違いましたからね。

祖父・恵三は昭和28年に亡くなりましたが、世の中にご迷惑をおかけすることだけはしなかった。そこは子孫として誇らしい気持ちでいます」

ドラマの中では、新次郎の子は千代一人きり。だが史実では夭折して家名断絶した浅子の姉・春が、劇中では眉山はつ(宮崎あおい)一家として和歌山で元気に暮らしている。その長男・藍之助(森下大地)は加野銀行に勤め、あさのような商人を目指す。おそらく彼は広岡家最後の社長・松三郎を投影した人物設定になっているのだろう。

他にも、浅子と恵三が後世に影響を与えたことがある。恵三の妹、一柳満喜子は、後にアメリカ人建築家ウィリアム・メレル・ヴォーリズと結婚。浅子と恵三は、一部が現存する大同生命旧肥後橋本社ビルを始めとして、多くの建築をヴォーリズに発注した。ヴォーリズは山の上ホテルや明治学院礼拝堂など日本近代建築史に残る美しい作品を作り上げただけでなく、終戦直後にはマッカーサー元帥と昭和天皇が会見するために密かに尽力したとも伝わる。

『あさが来た』では、白岡家が歴史の表舞台から消えていくところは描かれない。それでも、誰もが時代の波の中で一生懸命生きてきたという証言は、人の心を打たずにはおかない。

「週刊現代」2016年2月27日号より