井端弘和「いぶし銀」の決断
~もう少しで名球会、でも未練はなかった

二宮清純レポート
週刊現代, 二宮 清純 プロフィール

通算403本塁打の山崎武司は中日時代、ファーストのポジションから井端の動きを見ていた。

「アイツのグラブ使いは誰も真似できない。ボールを掴まずにグラブをあてるだけなんです。掴むという作業を省略している分、処理も速い。加えてスローイングが正確ときている。悪送球なんて記憶にない。柔らかい球筋なので、捕球に苦労することもなかった。ピッチャーも助かったでしょうけど、ファーストも随分、助かりましたよ」

これほどのショートをセカンドにコンバートしたのだから世間は驚いた。2010年のことだ。無論、監督は落合博満である。"オレ流"の狙いは、こうだった。

〈守備の名手をあえてコンバートした大きな理由のひとつは、井端と荒木(雅博)の守備に対する意識を高め、より高い目標を持ってもらうためだ。

若い選手はプロ野球という世界に"慣れる"ことが肝心なのだが、数年にわたって実績を残しているレギュラークラスの選手からは、"慣れによる停滞"を取り除かなければいけない〉(自著『采配』ダイヤモンド社)

中日時代、井端はピッチャーとキャッチャーを除く7つのポジションを守った。打順は4番以外のすべてで起用された。

この経験がアドバンテージとなり、3年前、中日を自由契約となった井端は巨人に拾われる。「どのポジションもカバーできる」(当時の監督・原辰徳)器用さが買われたのである。すなわち"スーパーサブ"だ。

巨人でも井端の仕事師ぶりは際立っていた。

昨年6月3日、東京ドームでのオリックス戦。9回裏1死一、三塁。スコアは1対1。この大事な場面で代打に起用された井端はクローザー平野佳寿の5球目のフォークボールをセンター前に弾き返した。絵に描いたようなサヨナラ打だった。

「あれは"ウン・パン"のタイミングで打ったんです」

直後のインタビューで井端は言った。職人ならではの物言いに感心した。

「ウン、で我慢する。パンで反対方向に持っていく。仮に打ち損じても犠牲フライにはなる。そういう計算がありました」

野球に関する引き出しの多さは他の追随を許さない。それこそは新監督の高橋が自らの右腕と頼む最大の理由だろう。

果たして彼はどんな指導者になるのか。そして、指導者として成功するためには、何が必要か。

井端は東京の堀越高校から亜細亜大学に進んだ。高校時代の監督・桑原秀範と亜大監督(当時)内田俊雄は広島商時代からの球友である。

「桑原氏から"自信持って推薦できる選手だから頼む"と紹介されたのですがそのとおりでした」