日本の会社すべてが「ブラック企業」になる!? 
絶望のニッポンを救う「ホワイト企業」はここだ

実在する「Tゼミ」(瀧本哲史京大客員准教授が顧問)をモデルにした、東大本郷キャンパスに部室をおく「秘密結社」、東大ブラック企業探偵団。「Tゼミ」は、公開情報に基づく企業分析と政策分析を通じ、過酷な現代社会を生き抜くための意思決定方法を学び実践するゼミ。

日本最強の「Tゼミ」企業分析ノートのノベライズが明かす、幸せに働ける「いい会社」「悪い会社」とは? 問題企業、業界を徹底分析して実態に迫る!

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日本の会社はすべて「ブラック企業」化する……

その日の昼下がり、安田講堂の地下にある「東大ブラック企業探偵団(UTBD)」の部室に備え付けられたテレビからは、“奇跡のホワイト居酒屋”としてもてはやされてきた「ワイワイ」の悲惨な内情を綴った日誌が明るみにでたというニュース映像が流れていた。「ワイワイ」の株価は午後の取引市場が始まるや否やストップ安をつけたことも報じられている。

「で、アンタの調査はどうだったの?『塚田農場』に潜入したんだっけ?」

いまだに不機嫌そうな羽入マオが、資料を整理しながら宍戸カンタに問いかける。長い黒髪で眼鏡をかけたマオは東大経済学部の3年生。カンタは東大農学部の3年生で、2年生までラグビー部に所属していただけあって体格がいい。

「ああ、美人の先輩に一から手取り足取り優しく指導してもらえて、すごく楽しい職場だったぜ!400円までなら店員が好きなメニューをお客さんに一品サービスできたり、とにかく自由度が高いんだ。関東圏を中心にどんどん新規出店もしているし、会社もうまくいってると思うぜ」

「あの『ワイワイ』だって、オモテ向きには最高の職場だったのよ。居酒屋チェーン業界のなかで塚田農場(エー・ピーカンパニー、本社:東京都港区、東証一部)がなぜ伸びてるかはちゃんと分析したの?」

「えーっと、それは……なんでだっけ?」

「アキれた~。あのね、自前で養鶏場を持って食材供給源を確保しているのが大きいのよ。これによって、よその居酒屋にはない美味しいメニューが次々と企画できるの」

もともとはアパレル業界でユニクロが手掛けた素材開発と商品企画と店舗販売を一貫して行う仕組み(SPA)を、居酒屋に持ち込んだのが塚田農場というわけだ。

「たしかに、ほかの居酒屋より断然美味しいからちょっと高くても頻繁に行っちゃうな」

「実際、リピート率は開示データによればずっと50%以上と非常に高いそうよ」

塚田農場は立地戦略でも逆転の発想が際立つ。居酒屋チェーンは、他のチェーンより少しでも優位に立とうと、立地でもしのぎを削る。そのため駅チカは激戦区となる。しかし好立地は当然賃料が高い。塚田農場は、少々歩いても食べに行きたいと思わせる味を訴求していることで、駅から距離のある穴場にあえて店をだす。

「売上に占める地代の割合は、一般的な居酒屋で15%程度だけど、塚田農場を経営しているエー・ピーカンパニーは10%程度を基準にしているらしいわ。しかもいったん出店すると定着する。この数字を見て。他社と比べて退店数が非常に少ないのよ。

2012年度期首から2014年度末までの3年間で88店舗の出店に対して、退店はわずか10店舗。いっぽう業界最大手のワタミは50店舗出店したけど152店舗も退店したわ。……って、なんで私のほうが潜入してたアンタより詳しく知ってるのよ」

マオは呆れ顔でカンタを見上げる。

「い、いやぁ。ははは。それにしてもやっぱり塚田農場は優良だな!」

「ただ、エー・ピーカンパニーの社員の平均年収は365万円と、上場企業の中で下位4%に入る低さよ。現時点では社員にとっていい企業と言えるかどうかは、微妙かも」

「えっ、そんなに低いのか。うーん、じゃあそもそも、いい企業ってなんなんだよ?」

「いい企業……これからの日本では、難しいかもしれない……」

「どっ、どういうことだよ!」

「もっというと、このままでは、日本の企業はぜんぶブラック企業になるかもしれないわ」

「な、なんだってー?」

「これまでの日本が天国だとすると、これからの日本は、地獄よ。この図を見たら一目瞭然」

マオは、目の前にある資料の山から、日本の全労働者に占める非正規雇用労働者の割合の推移を表す一枚の図を取り出した。

総務省によれば、非正規労働者は、この四半世紀の間、年々増え続け4割(37・4%)となり、1991年から倍増している。さらに厚労省が2015年11月に発表した調査によれば40%に達したという。

「ど、どうしてこんなことになってるんだ?」

「それはね……」

とマオは語り始めた。

高度経済成長期以降の日本では、終身雇用制度のもと、社員がやりがいを持ってスキルを磨くことで新しい製品を次々と生み出し、会社は高収益を実現し、社員の賃金も上昇していくという、企業にとっても、そこで働く人々にとっても幸福な時代が続いていた。

しかし1990年代以降、2つの大きな波がそれを一変させてしまった。

ひとつは、グローバル化だ。人・モノ・情報の行き来が自由になったことで世界中のあらゆる場所から、最もいい製品を最も安く手に入れられるようになった。

もうひとつは、IT化である。高度な技術もあっという間に陳腐化してしまい、熟練を必要としていた労働の多くが誰にでもできるようになり安価になった。

その結果、日本企業のビジネスモデルは崩壊した。

たとえば、品質の高さを武器に世界と戦ってきた日本の家電メーカーは細やかな性能向上の努力を続けたが、もはや消費者の目には新興国のメーカーが作るそれなりの品質の製品と大差ないものに映るようになってしまった。そうなると、製品を徹底的に値下げして安さをウリにするしかなくなる。いわゆる「コモディティ化」である。

いわゆる「失われた20年」とは、日本企業の製品が次々とコモディティ化していく過程だったのだ。そんな中、ますます激しくなる国際的な競争に耐え忍ぶため、日本企業は人件費を削らざるをえなかった。人材の領域でもコモディティ化が進み、誰にでもできるような仕事しかできない人材は、安く買い叩かれ、さらには使い捨てられるようになった。

「だから、いつでも解雇できる非正規雇用労働者が増え続けてるってわけか」

「そうよ。そして、運よく正社員になれたとしても、こんな悲惨な現実が待っているの」

「なっ、なんだ、これは?」

マオが新たに示したグラフを見て、カンタが驚嘆の声をあげる。社外研修費など、企業が人材育成のために行う投資の総額は著しく減少し、全盛期の20・8%になった。つまり8割減ということだ。

「かつて栄華を極めた日本のホワイト企業たちはもはや、未来を担う人材をまともに育てる余力を失ってしまい、なすすべなく次々とブラックに染まっていっているというわけ」

「そ、そんな……オレたち、大変な時代に生まれちゃったんだなあ。いったいどうすりゃいいんだ」

「生き残る道は、あるわ。たとえば変化の激しかった電機業界の中でも、ニッチな電設資材を作っている『未来工業』という会社はすごいわ。毎年たくさん特許をとってユニークな部品を次々と発明しているお陰で高収益体質。全従業員を正規雇用しているのよ。連続的なイノベーションで、高い利益率を達成し、それを社員へ還元して高待遇を実現するという3拍子を叶えているところが、これから生き残るホワイト企業なんでしょうね」

「へーっ、その企業はすげぇな! でも、どこにそんな企業が眠ってるんだろう」

「それを調べるのが、私たちUTBDの使命でしょ」

そう、UTBDとは、徹底的な企業分析によってブラック企業を暴き、隠れたホワイト企業を見つけ出すために東大内に結成された、〝秘密結社”なのだ。

「だから、そのためにも」

とマオが続けようとしたその時、部室の扉をノックする音がした。

「ハルキか?」

と言ってカンタが扉を開けると、立っていたのは団長の針谷ハルキではなく、いかにも東大生らしいよれよれのチェックシャツを着た男子学生だった。

「あっ、あの、UTBDのメンバーの方ですか ? おっ、折り入って、相談したいことがあるんです」

「すいません、私たちは、個別の相談は受けつけていないんです」

マオがきっぱりとはねつけようとしたが、男子学生はすがるように話を続けた。

「実は僕、ゼンショーに内定しちゃったんです」

その言葉に、マオはぴくりと反応した。

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