「世界遺産」は期待されすぎ!? 岩と虚構で成り立つ「首里城」、定番スポットの光と影

岡本 亮輔 プロフィール

首里城の華美なフィクションが示すこと

世界遺産を作る人と観光客の意識には大きな隔たりがある。

世界遺産登録のための申請を行う人々、それを審査するユネスコやその諮問機関に関わる人々は、広い意味で遺産や文化財の専門家だ。学術的なトレーニングを受けた人がまったく介在しない世界遺産はないと言って良い。遺産の価値は学術の観点から主張され、その是非も学術の観点から審査される。

しかし、世界遺産を見に行く観光客、登録を推進してきた自治体にとって、学術的価値は必ずしも重要ではない。観光は娯楽であり、地域振興の一手段だ。一時的にどこかに出かけて、そこで面白いものを見たり、ユニークな体験ができれば良い。あるいは、地元経済が活性化することが肝要だ。

世界遺産というラベルは強力だが、観光客からすれば、何か面白そうなものを探す時の指標の一つに過ぎない。いくら岩の塊に価値があるのかを説かれても、あまり楽しくない。それよりも、旅の記念になるような写真が撮れそうな場所、一目で凄さが分かるものの方が面白い。

こうした観光客の態度を馬鹿にするのはたやすいが、遺産の保護にも使われる入場料や拝観料を観光客は一部負担する。地域出身者のガイドは、観光客に向かって話をし、観光客が遺産を通して地域に興味を持ってくれることを喜ぶ。

もちろん、集客さえできれば良いわけではないだろう。だが、観光客なしに観光は成り立たない。そして、そのためには、時として城の復元など大きな事業も必要になるし、政治的な配慮や駆け引きも重要になる。

首里城を訪れた観光客は最後に北殿に至る。ここにお土産売り場がある。実は、この場所で沖縄サミットの晩餐会が開催された。その様子を伝えるパネル展示も設置されている。サミットの晩餐会は歴史上の首里城とは無関係の出来事だ。しかし、筆者には、サミットの晩餐会が復元された北殿の価値を高めたという風にも読み取れた。

素朴な岩を基礎に学術的努力が総動員され、地域振興に役立つ首里城が復元された。復元は国策であり、決して明るくはない沖縄の歴史と位置づけと無関係ではない。首里城は、さまざまな利害関心の間で絶妙なバランスをとりながら存在している。 現代の観光文化の複雑さをとても良く示していると言えるだろう。 

岡本亮輔(おかもと・りょうすけ)
北海道大学大学院観光創造専攻・准教授。専攻は宗教学と観光社会学。1979年東京生まれ。立命館大学文学部卒。筑波大学大学院人文社会科学研究科修了。博士(文学)。著書に『聖地と祈りの宗教社会学――巡礼ツーリズムが生み出す共同性』(春風社、2012)、『聖地巡礼――世界遺産からアニメの舞台まで』(中公新書、2015)。共編著に『聖地巡礼ツーリズム』(弘文堂、2012)、『宗教と社会のフロンティア』(勁草書房、2012)。共訳書に『宗教社会学―宗教と社会のダイナミックス』(明石書店、2008)。