「アラブの春」とは何だったのか?〜革命の希望はこうして「絶望」に変わった

あれから5年、メルトダウンする中東
末近 浩太 プロフィール

革命をもたらした「緩さ」

こうしたなかで、ついに市民が自ら独裁政権に対して抗議の声を上げ始めた。それが、「アラブの春」であった。

むろん、2011年以前にも市民を主体とした抗議行動は存在していた。しかし、それは、独裁政権を転覆させられる規模にはほど遠いものであった。

だとすれば、なぜ、「春」では革命をもたらすほどの大勢の市民が路上へと繰り出したのだろうか。その答えは、「緩さ」にある。

20世紀の革命には、確立されたイデオロギーや組織、カリスマ的な指導者、その運動に身も心も捧げる人びとといった、「熱い(緩くない)」イメージがつきまとった。余程の覚悟がなければ、革命運動に参加することはできない。

しかし、21世紀に起こった「アラブの春」では、かつてのイスラーム主義者のように反体制派を組織的に牽引する者たちもなければ、カリスマ的な指導者の姿も見られなかった。

このつかみどころのない「緩さ」こそが、組織やグループの違い、イデオロギーの違い、性別や年齢の違いを超えるかたちで、大規模な市民を動員できた要因であった。

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詳しく見てみよう。「アラブの春」の「緩さ」には3つある。

第1に、動員を主導する組織や指導者が不在であったことである。その役割を担ったのが、匿名性の高いツイッター、フェイスブックといったSNSであった。

第2に、革命後の国づくりの青写真が不在であったことである。その代わりに独裁政権の打倒という単純なスローガンだけが繰り返されたことで、抗議行動を主導した若者たちだけでなく、不満を抱く幅広い層の国民の共感を得た。

第3に、武装闘争やテロといった暴力を用いなかったことである。その代わりに平和的なデモが徹底されたことで、「誰もが気軽に」参加できる運動を生み出した。

こうした「緩さ」は、2001年の9.11事件から「アラブの春」までの10年間、中東の政治と社会を荒廃させたを暴力の連鎖に対するアンチテーゼであったと見ることもできる。

「アラブの春」は、こうした暴力の連鎖が飽和状態に達したときに生まれた、選挙や対話を希求する一般の市民による新たなかたちの変革のうねりであった。そこには、確かに自由と寛容の空気が生まれつつあった。