世界の貧困を終わらせるために、私たちができること〜ウェブ時代の「倫理的な生き方」とは?

シリコンバレーで大注目
池田 純一 プロフィール

ブルックスが立脚する人間観

ブルックスは、リベラル高級紙であるニューヨーク・タイムズのコラムニストとして有名だが、彼自身は保守を自認している。

アメリカにおける「保守」の概念を理解するには、それだけで十分な解説が必要なくらい複雑なものだが、思い切って単純化していうと、過度な合理性を疑い、歴史の中で形成された習慣や慣習に対して敬意を払う立場だ。ただし急いで付け加えると、敬意を払った上で情勢いかんでは改善も厭わない立場である。決して伝統を頑なに信じる立場ではない。

シンガーが属する功利主義の創設者は、「最大多数の最大幸福」で知られるジェレミー・ベンサムだ。彼が功利主義を提唱した背景にはコモンロー(慣習法)への疑念があった。ベンサムが活躍した18世紀末から19世紀初頭のイギリスは産業革命の真っ只中にあり、貧富の差の拡大や労働条件の苛酷さなどから、近代的な公共政策が模索された時代だった。

だがそこでの判断基準が、従来の伝統に基づく法(慣習法)では、産業革命がもたらす新たな現実に対処できないと考え、ある社会に属する人びとの全体の「快と苦(=効用)」を視野に入れる合理性を求めた。その「効用」に基づく判断を重視するのが功利主義のもともとの発想だ。慣習法を重視する保守と対立する点では、今でならリベラルと言われる立場にあたる。

その意味では、ベンサムの末裔であるシンガーの議論に対して、イギリスの保守の末裔であるブルックスが疑念を示すのは、当時の対立の再演といえなくもない。

シンガーの立場は、合理的で分析的であり(その裏返しとして情緒的であることを排し)、そのため計量的だ。そして「最大の善行」を優先するために、社会を一つの全体として包括的に捉えている。EAにおける全体とは特定の地域社会ではなく地球全域である(全体を眺望するという点でこうした態度はしばしば「宇宙の視点」と呼ばれる)。

対してブルックスが重視するのは、人間の存在は一人ひとりをとりまく具体的な環境/社会の中で相互的に形成されることだ。彼は著書である『あなたの人生の科学』で、人間は環境を通じて常に変貌する「社会的動物」であると説いている(原題がまさに“The Social Animal”)。

この本は邦題に「人生の科学」とあるように、近年の認知心理学や脳科学の研究成果を踏まえて、人生の意味や幸福について小説風に解説したものだ。その中ではミラーニューロンのように、生物には「共感」を促す仕組みが備わっているという議論も参考にされている。

つまり、ベンサムの同時代人であるアダム・スミスが人間本性の一つとして仮定した「共感」という概念も、認知心理学や脳科学を通じて実証されようとしているのが現代であり、ブルックスの立論もそのような現代性を踏まえている。

だから、人がどうあるべきかという倫理を考える際にも、必ずしもシンガーが立脚する功利主義だけが理性的であるとはいえないことになる。つまり、ブルックスの議論は、認知科学や脳科学の進展によって、従来の倫理学の考え方が更新されようとしている現状を踏まえたものといえる。