『あさが来た』広岡浅子、本当にこんなスゴい実業家だったの?

週刊現代 プロフィール

「江戸期の両替商と近代の銀行は、運用資金の源泉に大きな違いがあります。両替商の運用資金の中心は自己資本であり、銀行の運用資金の中心は預金です。

一般的に言えば、両替商は質屋などのように自分のお金を貸し付ける『金貸し』的色彩が強く、運用先も御出入りの大名などへの貸し付けが主でした。一方、顧客のお金を預金として集めて第三者に貸し出す銀行は『金融仲介業者』であって、運用時には貸し付け相手を見る審査能力も問われます。洋式帳簿も早くから導入されていましたし、銀行業務に習熟した人材を確保できるかも、初期の銀行の大きな問題だったでしょう」

確かに、あさが今まで手代だった従業員に業務を教え、加野銀行となった店頭で「お客様にアタマを下げて!」と叱咤する場面が出てくる。一般庶民からお金を預かる立場になったということを表しているのだろう。

自著に書いた「夫への不満」

史実ではどうだったのかを知りたいという点では、あさの夫婦関係も気になる。

あさの夫・新次郎(玉木宏)は、あさの姉・はつ(宮崎あおい)の琴を探し出してきたり、官有物払い下げ事件で汚職疑惑に見舞われた五代の窮地を救ったりと、遊び人のボンボンながら、陰に回ってあさをサポートする。全国を飛び回るあさの代わりに一人娘の面倒まで見ているのだ。

「あささんと新次郎さんのような夫婦関係は、いまどきの視聴者、特に女性には大変に支持されるでしょうね」

というのは夫婦問題研究家の岡野あつこ氏だ。

「かつての日本では男性が働いて家に給金を入れることが美徳とされてきました。ですが、大半の女性がいったん社会に出て働いた経験を持つ現在では、その役割分担は絶対的ではありません。場合によっては自分が外で働き、夫に癒やしてもらいたい、という女性は意外と多いのです。

あささんは大変に忙しいけれども、仕事上のいやなことやストレスをみんな新次郎さんが包んでくれる。今の女性にとっては理想のような男性かもしれません。明治の時代には先駆的すぎて、彼の価値がわかったかどうかは疑問ですが」

たしかに広岡浅子の自著を読むと、夫・信五郎に対する評価はさほど高いようには思えない。

〈嫁してみれば、富豪の常として主人は少しも自家の業務には関与せず、万事支配人任せで、自らは日毎、謡曲、茶の湯等の遊興にふけっているという有様〉〈私には他人と違って甘えた経験が更にありません。父も母も、夫までも、私が甘えるどころか、皆私を頼りとしておったのであります〉(広岡浅子著『一週一信』)と憤慨の面持ちで綴っている。

前出の宮本氏も、

「広岡浅子の夫の信五郎氏は〈大家育ちの坊様風で至極穏当な方〉〈至極温和な性質で、浅子とは正反対の人物〉と評されています。どうやら、おおむねドラマで描かれているような夫婦だったようです」

と苦笑する。

信五郎は、浅子が勉学に励むと、一緒に席について学び、時にからかい半分で妻・浅子のことを「先生」と呼んでいたという。