神戸山口組「中央高速大封鎖」の一部始終
長野発 対立するヤクザを足止めしようと…

週刊現代 プロフィール

「最初の事件は、昨年10月のこと。長野県飯田市を拠点としていた六代目傘下・掛野組の組員が温泉施設で射殺された。この組員は掛野組を辞め、神戸山口組傘下である竹内組に移ろうとしていたんだ。その計画が露見し、掛野組に殺られた」(前出の元構成員)

これを受け、竹内組は激昂。以前は長野県松本市を本拠地としていたが、報復のために南下し、飯田へと進出していったという。

「掛野組はイケイケの竹内組に押され、飯田を奪われた。勢いづいた竹内組は、昨年暮れ頃、神戸山口組の威光を示すために、組員ら100人が集結して飯田市内を練り歩いていた。

だが、『報復には報復を』が、ヤクザの掟。この振る舞いを見て、今度は近隣の六代目傘下がいきり立った。飯田で頻繁に姿を見せるようになったんだ。確か今年の始め頃だったと思うが、市内の飲み屋で組員同士がばったり鉢合わせ、いざこざが起きたこともある。今回、封鎖の原因となった27日の集会も、竹内組に対抗するためだった。竹内組を挑発するために、同じように市内を練り歩く計画まであった」

死のカーチェイス

一連の抗争の火種をキャッチしていた警察は、竹内組を徹底的にマーク。内偵によって高速道路封鎖計画を知り、警官隊を緊急配備した。

竹内組と警察によって、27日は早朝から、飯田市内は物々しい雰囲気に包まれていた。

市内の住人が言う。

「飯田市内にある竹内組の事務所周辺に、多数の警察車両が集まっていました。『西部警察』じゃあるまいし、私たちはこんなにたくさんのパトカーを見たことがない。すると突然、どこからか2台のクルマが飛び出して行ったんです。猛烈な勢いで走り出した竹内組のクルマ(以下、竹内車)を、何台もの警察車両がサイレンを鳴らして追いかけて行きました」

組事務所から走り出した2台は、追跡する警察を引き連れ、飯田インターへ。高速入り口付近の国道に停車し、敵対組織を待ち構える態勢を取った。飯田は名古屋から長野へ向かう中央道の途中にあり、西側の岐阜方面の六代目系組織がクルマで長野へと向かう場合、必ず飯田インターを通ることになるからだ。

「午前9時頃、竹内車が陣取ってからまもなく、通せんぼするように警察車両が前に停車。そして周りには、パトカーと覆面が7~8台ずつ配置されていました。しばらくして、パトカーがサイレンを鳴らし始めた。以前、天皇陛下が飯田にいらっしゃったことがあるのですが、それ以上に騒然としていましたね。えらいことでした」(飯田インター付近の住民)

にらみ合いから約10分後。おそらく、敵対組織のクルマを発見したのだろう。シルバーの竹内車が、猛然と発進。

慌てて、1台の警察車両が追いかける。もう1台の竹内車も続き、複数台の警察車両を率いてインターチェンジへと入っていった。

敵のクルマへと迫る、竹内車。互いが威嚇しあうように低速で接近し、その周りを警察車両が取り囲んでついていく……。高速上は緊迫感に包まれた。