「格差」に蝕まれてアメリカ社会は壊れかけている
〜米大統領選"異変"の読み方

今そこにある民主主義の危機
笠原 敏彦 プロフィール

民主主義の危機の原因

それでは、格差は社会にいかなる影響を及ぼすのか。

米外交誌「フォーリンアフェーズ」は2月号で「格差をどう捉え、いかに対処するか」という興味深い特集を組んでいる。

その中で、現代フランスを代表する知識人であるピエール・ロザンヴァロン教授は、マネジメントの教祖であるピーター・ドラッカーが「『トップセグゼクティブと一介の労働者の給与の比率は20対1を超えるものであってはならない』と主張していた」(アメリカの現状は350倍という調査結果もある)ことなどに触れた上で、次のように指摘している。

「人々がそこに格差があると痛感するのは、異なるルールが別の集団に適用されていると感じているときだ。彼らはダブルスタンダード、そして自分たちに有利なようにゲームを操作し、管理する人々に対して強い憤りを示す。……誰もが自己利益を重視した行動を取るようになり、最終的にパブリックマインドが損なわれる」

古典的名著『アメリカの民主政治』で知られるフランス人政治学者アレクシ・ド・トクヴィルは「社会にとっての利己主義は、金属にとってのサビのようなものだ」と喝破したそうだが、ロザンヴァロン教授の指摘は、利己主義が格差を拡大し、社会を蝕んでいくということだろう。

注目すべきは、格差拡大などを背景に、世界的に同じような政治の潮流が生まれていることである。

米シンクタンク「ニュー・アメリカ財団」のヤシャ・モンク氏は、世界各国が直面する大きな課題として「拡大する経済格差」「社会的流動性の低下」「中間層の生活レベルの低下」の3つを挙げる。

そして民主主義の危機の原因の1つは、旧世代より新世代の生活レベルが低下していることであり、「親の世代よりもよい賃金を得て、長生きし、より多くの時間を余暇に当てられるようになる」と誰もが考えてきたことが当然視できなくなっていることだと指摘している。

そうであれば、我々がアメリカ大統領選で目撃している乱気流に飲み込まれたかのような政治、社会の動向は決して他人事ではないだろう。格差の拡大は確実にその社会を不安定化させ、その帰結として政治を不安定化させていくのである。

笠原敏彦(かさはら・としひこ)
1959年福井市生まれ。東京外国語大学卒業。1985年毎日新聞社入社。京都支局、大阪本社特別報道部などを経て外信部へ。ロンドン特派員 (1997~2002年)として欧州情勢のほか、アフガニスタン戦争やユーゴ紛争などを長期取材。ワシントン特派員(2005~2008年)としてホワイ トハウス、国務省を担当し、ブッシュ大統領(当時)外遊に同行して20ヵ国を訪問。2009~2012年欧州総局長。滞英8年。現在、編集委員・紙面審査委員。著書に『ふしぎなイギリス』がある。