豊かな「個性」としての発達障害〜多かれ少なかれ誰もがもっている

『発達障害の素顔』
山口 真美 プロフィール

私たちが研究する心理学・認知科学と呼ばれる分野では、人の心のメカニズムを解明することが目的のひとつである。そのためには、大人と赤ちゃんの見る世界のちがいを知ることを出発点として、その背景にある高度な脳の発達と、それを支える環境とのインタラクションを探る必要がある。

心理学は、医学のように直接的に人の役に立つことはない。さまざまな精神的な問題や行動改善には投薬が一般的だが、それは医師の手によるものだ。

一方で私たちの実験で提供できることは、「その子の発達的な変化」と「その子が見えていることと、見えていないこと」に関する情報、ただそれだけである。

では心理学は無力なのかというと、心理学が提供する「知識」には別の力がある。

もちろん問題を抱える子をもつ親の一番の心配事は、「学校でうまくやっていけるか」「社会にうまく送り出せるか」から、「どうやったら問題は改善できるのか」「どう教育したらいいのか」までさまざまだ。じつは、これらの問題の対処に、心理学は大いに貢献している。

たとえば問題を抱えた子どもを支援する学習とその進め方は、学習心理学の知見に基づいている。そして発達障害かどうかを診断する検査も、心理学の知見によるところが大きい。自閉症をはじめとする発達障害は、遺伝子や生化学的な検査で明確に診断できないからだ。

社会的な行動に問題がないか、お母さんの声かけにきちんと答えられるか、言葉に遅れはないか、知能検査の各項目にバラツキはないか……。そうした心理学的な検査に基づいた診断に頼らざるを得ない状況にある。

さらにいえば、一連の検査を受け、支援の機会が設定できたとしても、家族にとってはそれで完了というわけではない。子どもの発達に寄り添っていくことが必要で、それが発達障害の特徴ともいえる。それはある意味、子どもをもつすべての家族と同じ状況で、それがより強調された形で表れているともいえる。

親の望みは、子どもたちを、社会の中で役割をもつ一人の存在に育て上げることだ。一方で子どもたちが歩んでいく日本の社会や学校は、いまだに不寛容だ。波風の立たない人並みの平均をよしとして、飛びぬけた個性を許容しない。個性豊かな発達障害の人にとっては、さらにやっかいな壁である。

子どもが社会へ巣立つまでの道のりで、親は最初の理解者になる必要があるだろう。子どもと共にどう生きるかは、一人ひとりの子どもの個性を理解し、受け止められるかによるところが大きい。

「目の前にいる、私とはちがうこの子の世界を知りたい、理解したい」。それが私たちの実験に参加する家族の願いであり、私たちが提供できるのは、その一端である。