少年犯罪は「凶悪化」も「増加」もしてない!?
マスメディアが決して報じないこと

牧野 智和 プロフィール

何かしら関わりに不足があるとみられれば「放任」、何かしら過剰があるとみなされれば「過保護」として家庭は問題化され、学校も関わりのトラブルが発生する場として位置づけられるようになっています。

少年少女の置かれる社会・経済的環境ではなく、人間関係に焦点が当てられるこのような問題認識のあり方は、1960年代以前には少数派といえるものでした。

解釈は色々できると思いますが、高校進学率が1970年には80%を、1974年には90%を超して少年少女の暮らす世界が家庭と学校へと押し縮められていくなかで、少年非行という問題もまた家庭と学校の人間関係へと押し縮められていったのだといえるかもしれません。

ただ何にせよ、家庭や学校が問題だとされていたということは、家庭や学校がちゃんとしさえすれば、重大な事件の発生は食い止められるという前提がこの時期には分け持たれていたことを示しています。

しかし、子どもにしっかりと関わりさえすれば非行は食い止められるという認識はこの後大きな揺らぎをみせることになります。

「心の闇」を抱えた「不可解な」少年たち

転換点となったのは1997年に発生した神戸・連続児童殺傷事件です。かつては社会環境、1970年前後からは家庭や学校の問題として理解されていた少年非行は、次のような解釈の枠組のもとに報道されるようになります。

「大人の側から見えない子供の姿。なぜA君をねらったのか。なぜ頭部を切断しなければならなかったのか――捜査本部の調べにも少年ははっきりとした動機を話していない。『心の闇(やみ)』は深い」(『朝日新聞』1997年6月30日「14歳 心の闇(上) 活発・やさしさの陰で」)

今や手垢にまみれた言葉になった感もありますが、「心の闇」という、加害少年の異常な内面の問題として多くの事件が語られるようになりました。

2000年に起きた豊川・主婦殺害事件、佐賀・バスジャック事件、岡山・バット殴打事件、大分・一家殺傷事件、2003年の長崎・幼児殺害事件、2004年の佐世保・同級生殺害事件などがいずれも「心の闇」という言葉を通して、つまり一見普通にみえるものの、大人には理解できない異常な内面を抱え、結果として残忍な事件を起こす少年少女による事件だとして報じられました。

1998年に起きた黒磯・教師刺殺事件や東松山・同級生刺殺事件は「突然キレる若者」による事件として報じられましたが、これもまた、一見普通にみえる若者が実は……という、大きくは同種の観点からの報道だといえるように思われます。

しかし、この「心の闇」という言葉は、一人歩きするレッテルという部分がかなりあるように思われます。2004年の佐世保での事件は6月1日火曜日の午後に発生しているのですが、4日金曜日に発売されたある週刊誌には既に「少女の『心の闇』は深い」という記述がありました。

まだ事件の状況もさして分かっていないのに、なぜそのようなことがいえるのでしょうか。この言葉は、少年少女をめぐる事実を表しているというよりも、事件を理解した気にさせる使い勝手のよいレッテルとして用いられていたのではないでしょうか。