女性装の東大教授が見つけた「新しい家族」のカタチ

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小野 美由紀 プロフィール

「らしさ」からの脱却が自愛につながる

今も安冨は、自分を愛する方法を模索し続けている最中だ。昨年には、トランスジェンダーである自分を認めるまでの過程を描いた自伝『ありのままの私』(ぴあ)を刊行した。最近では画家として個展を開いたり、詩を発表するなど、芸術方面でも活躍している。

特に乗馬によるセラピー効果は大きかったと言う。

「ウマって、どんなことしても、人を個体識別できないんだよ。牙とか持ってない、攻撃するって感性がないんだよね。そのかわり、正しく対応すると、必ず正しく返してくれるんだよね」

たとえ他人からの愛を、スムーズに感じることができなくても、安冨の中にある愛は絵画や詩に形を変えて、確かに表出しているのではないだろうか。

Ayumi Yrigoyen 作品78 風は星の力で金色に輝く ベニヤ板90cm×60cm

愛とは何か、と問うた時、安冨はこう答えた。

「一人の人間が、魂を自分自身の思うとおりに成長させる、愛情とはそれを支える事」

人はいつからでも、植え付けられたシステムを抜け出し、自分のやり方で魂を成長させ、また他人の魂を成長させる方法を学べる。それを安冨は、自らの生き様を通じて体現しているように思える。

トランスジェンダーでアーティスト、そして孔子の研究者。今の安冨は、日本一「東大教授らしくない」教授かもしれない。

しかし、「らしさ」なんて、果たして生きていくのに必要だろうか?私たちは「らしさ」という牢獄に閉じ込められすぎていないだろうか?

最後に、自分を愛する方法について聞いたとき、安冨はこう答えた。

 

「立場関係を捨てて、人間関係を回復すればいい。それを捨てられることに気づいた時から、人は変われるんだよ。立場の代わりに自分を大事にできるようになる」

男らしさ、女らしさ、社会人らしさ、学生らしさ、妻らしさ、夫らしさ、大人らしさ、子どもらしさ……。その牢獄から自ら逃れ、自身を活かす道を見つけた時に、私たちは初めて、自分を愛し、他人をも愛せるのかもしれない。

【了】

(撮影:神谷美寛)

安冨 歩(やすとみ・あゆみ)/東京大学東洋文化研究所教授
京都大学経済学部卒業後、株式会社住友銀行に勤務し、バブルを発生させる仕事に従事。二年半で退社し、京都大学大学院経済学研究科修士課程に進学。修士号取得後に京都大学人文科学研究所助手。日本が戦争に突入する過程を解明すべく満洲国の経済史を研究し、同時に、そのような社会的ダイナミクスを解明するために非線形数理科学を研究した。ロンドン大学の森嶋通夫教授の招きで、同大学の政治経済学校(LSE)のサントリー=トヨタ経済学・関係分野研究所(STICARD)の滞在研究員となる。1997年に博士号を取得し、学位論文『「満洲国」の金融』(創文社)で第四十回日本経済新聞経済図書文化賞を受賞。名古屋大学情報文化学部助教授、東京大学大学院総合文化研究科助教授、情報学環/学際情報学府助教授を経て、東洋文化研究所准教授。2009年より同研究所教授。