女性装の東大教授が見つけた「新しい家族」のカタチ

結婚「制度」は本当に必要か?

日本の戦後社会を構築したシステム「立場主義」と、軍隊流の「ホモマゾ社会」が日本の男たちを苦しめていることに気づき(第1回はこちら)、女性装を通じてそれから離脱した(第2回はこちら)東大教授・安冨歩(52)。

彼(彼女)は、現在の日本では未だに当然のことと見なされている「結婚」や「家」といった社会制度についても疑問を提起し、「これまでどおりの家族の形を無理に維持しようとする事は、現代においてはむしろ<反社会的>ではないか」と鋭く切り込む。

私たちが「ありのままに」生き、心地よい人間関係を築くために、追究するべき家族の形とは、一体どのようなものなのだろう?

結婚の絶対視が、人を歪ませる?

「日本の“家”制度なんて、とっくの昔に崩壊しているんだよ。明治維新で構築した徴兵制がその最大の原因。家単位の動員を否定して、個人単位にしてしまったから。

さらに、高度経済成長で家制度は息の根を止められた。それなのに、実際はとっくに機能しなくなってるシステムを、みんなで理想化し、守ろうと躍起になっているでしょ。できないことをやろうとするから混乱する。ここから生じる関係性のひずみが、虐待や引きこもり、果ては家族同士で殺し合うような事態にまで帰結する」

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第二次世界大戦と高度経済成長とが家制度を根底的に破壊し、代わりに「立場主義」を新しい社会システムとして盤石に根付かせた。

 

家制度ははるか昔に崩壊し、それを引き継いだ立場主義さえも、その経済的な基盤が崩壊して機能しなくなった現代に、人々は今も「家」の幻影を追い求めているが、それはもはや倒錯的だと安冨は言う。

「今の日本人の考える家族像って、単なる幻想。半世紀前に崩壊した『家』という括りを異様に重んじて、囚われて、苦しんでる。ただの“腐れ縁”なのに“家族だから”って言われると、罪悪感にとらわれてしまい、抜け出せない。だから不幸になる」

結婚に代わる「家族制度」を

現在の婚姻関係と血縁関係を絶対視する家族制度こそが、人を歪め「ありのままに」生きる邪魔をしている。では私たちは、もう家族を作らないほうがいいのだろうか?

「それは無理だよ。だって、サルは群れを作るでしょ。人間も家族を必要とするサル。一人では生きられないから、パートナーは必要。でも、それは別に“結婚”という形を取らなくたっていい。男男でもいいし、女女でもいい。もっと言えば、男女男でも女男女でもいい。一緒に住む必要もないし、別にセックスする相手じゃなくたっていいはず。仲良くして、信頼し合って、力を合わせられたら、誰でもいい。そもそもなんでセックスする相手とだけ、家族を形成する必要があるの?」

確かに、男女であるというだけで家族を作る権利を与えられるというのはおかしな話だ。

「私たちは、今日から家族です!そのメンバーは、以下3人、みたいなね。それでもって、家族で居続ける意志があるかどうかを定期的に公的機関が確認すること。今は『家族』という肩書きさえあれば、配偶者へのDVもモラハラも、しつけと称する子供への虐待も、なんだって許されるからね。

公的機関が、家族の神聖性を不用意に担保しているからこそ、ひずみが起きるわけ。幼児の虐待事件のような、力づくで介入しないといけないときにも、『家族』となると、変に躊躇して放置してしまう」